コロナも減ってやっと緊急事態宣言もようやく解除されそうです。そして待ちに待ったファイザー・ビオンテック社のコロナワクチン「コミナティ筋注」が2月14日、正式に特例承認され、国公立病院の指定医療機関の医療従事者に試験的に先行接種が開始されました。その状況を見ながら、その他の医療従事者など、高齢者や高齢者施設従事者、基礎疾患がある人に接種を広げてゆくことになると思われます。
そこで今月のシックキッズニュースは、今一番ホットな話題の「コロナワクチン、今の時点でわかっていることや問題点」にフォーカスします。
今月のフォーカス コロナワクチン、今の時点でわかっていることや問題点
1.日本でもついにコロナワクチン接種が始まりました
2.ワクチンの特例承認とは
3.ワクチンの接種情報や在庫などをリアルタイムで把握するシステム、V-SYSについて
4.ところでワクチンはどれくらい効くのか?
5.どうしてコロナワクチンが1年でできてしまったのでしょうか?
6.新しい技術、核酸ワクチンはいいとこずくめ
7.懸念はないのだろうか
コラム:mRNAワクチン開発の大逆転ストーリー:現ビオンテック上級副社長カリコー・カタリン博士の苦労話
1.日本でもついにコロナワクチン接種が始まりました
現在先行接種が進むファイザー・ビオンテック社の「コミナティ」
2月14日バレンタインデーの日に、日本で初めてコロナワクチンが正式承認されました。ファイザー・ビヨンテック社製の「コミナティ」です。報道で大々的にやられているように、2月17日に指定された国公立病院などの医療従事者約4万人を対象に先行接種開始。2月22日には大分県内3つの指定病院医療従事者にも先行接種が無事開始されています。2月25日までに目標の半分、2万1896人の1回目の接種を完了。幸いにこれまでにアナフィラキシーなどの重篤な副反応は出ていない、ということです。
今後のスケジュールや優先接種対象者は報道されている通りです。世界で80番台目だとか、G7で一番遅い、とかオリンピックに間に合わないではないか、など非難めいた報道もありますが、それはほかのG7加盟国やインド・ブラジルなどに比べたらコロナで困ってない(ことはないけど、比べたら)ことの裏返し。ワクチンはそもそも競争ではなく正常者に接種するので何より安全でなければならず、焦りは禁物。早くから始まった国でのコロナワクチンの市販後の安全性や有効性を確認できました。むしろ1か月から数か月ばかり遅れて始まって日本人にとっては良かったと思います。
2.ワクチンの特例承認とは
すでに2月にファイザー・ビオンテック社の「コミナティ」が特例認可されましたが、それ以外にも4月にはアストラゼネカ社のワクチン、5月にはモデルナ社(武田薬品)のワクチンが5月以降に特例認可が予定されています。
特例認可とは、つまりコロナのような国民の生命・健康に重大な影響を与える恐れがある疾病蔓延のために緊急に使用される必要がある薬品で、かつこれ以外に適当な方法がない場合に適応される例外的な認可です。もちろん海外で販売が認められているものに限ります。普通、承認申請資料をそろえるのに著しく時間がかかるのは臨床試験です。特に日本のようなコロナ患者が少ない国において臨床試験で優位差がでるようなデータを要求されても土台無理な話です。なので、臨床試験データの提出は免除されます。動物実験や少数人の試験データで抗体価の上昇や安全性が確認出来たら特例的に使用が承認されるわけです。日本人を対象にした臨床試験のデータがないので、実際の使用には慎重な運用が必要です。最初に健康管理が把握しやすい国公立を中心にした医療関係者の希望者4万人から先行接種をして、これを臨床試験の一部としているのです。特例承認の先行しようでは偽薬を接種する人はいない、つまり二重盲検試験ではないので、日本人におけるワクチンの効果判定はできません。しかし副反応の出現状況は把握できます。執筆中の2月25日の段階で、対象の半分の2万1896人の方が1回目の接種を終えましたが、懸念されたアナフィラキシーなどの重篤例は1例もでず、3人ほど蕁麻疹がでた程度だったのは本当に幸いでした。詳細なコロナワクチン接種状況日経のサイト(チャートで見る日本の接種状況 コロナワクチン)など参照ください。
今回承認されるワクチンはすべて特例承認の形をとりますので、先行や優先接種でのデータが事実上の臨床試験の代りになります。だからこそ接種後の健康状態の把握や実際の感染の広がり抑制効果検証が大事になります。
3.ワクチンの接種情報や在庫などをリアルタイムで把握するシステム、V-SYSについて
16歳以上の全国民対象に接種予定の今回のコロナワクチン。日本人に対し臨床試験データのないワクチンを前例のない規模の人に短期間(まさかオリンピック前まで?)に行うゆえ、すでに報道されているように様々なシステム上の問題が露呈しています。
供給システムについては、厚労省がワクチン接種円滑化システム、通称V-SYSを現在進行形で構築中です。おそらくシステム構築担当者は不眠不休でしょう。接種会場や接種協力医療機関などの出先で問診票のバーコードをタブレット端末でスキャンすれば接種者方法の入力完了らしいです。これが運用されれば、どこの会場や医療機関にどれくらいのワクチン在庫があるか自治体はリアルタイムに把握、だれが何のワクチンを何回接種したかなど接種者情報も把握できるので、いろいろな問い合わせにも立ちどころにこたえることができるようになるそうです。国や自治体・製薬会社も接種状況がタイムリーに把握できるので、発注や受注、自治体への配給が円滑にできる。夢のようなすばらしいシステムです。が、県からは医療従事者の接種希望者や接種協力医療機関になりたいかのアンケートが来ただけで、どうするつもりなのかまだ具体的な説明なし。少し不安です。
国は来月、4月からのV-SYS運用を目指されているようです。先行接種の4万人についてはV-SYSのような大げさなシステムは不要でしょうが、医療従事者470万人、高齢者3600万人など優先接種から規模が大きくなるため、このシステムがどうしても必要です。国が海外にワクチン発注してそろえる以上、このシステムなしにはかえって円滑にワクチンを打つことはできません。昨年5月に一足先に運用開始して、やっぱりぽしゃっていまだに活用時期が見通せていないHER-SYS(リアルタイムの新型コロナ感染者情報集約システム)の二の前にならないように。まあ、HER-SYSの場合はHER-SYSの場合は入力ミス多発のせいなのでお上ばかりが悪いわけではないのですが、ややこしいシステムを構築して使えないシステムにした責任はすこしあるかも。それに別に感染状況など、マスコミが勝手に手作業で集計してくれて、今日は何人!びっくり~と昼の三時過ぎには聞かれなくても発表してくれますが、V-SYSの場合は、コロナ狂騒時代のゲームチェンジャーのワクチン配給にかかわることです。サイバー攻撃などの格好の対象になると思います。たとえ開始時期は遅れたとしても、しかし「途中でシステムがぶっ飛んでしまいました、だからワクチン接種は一時中止します」ということは絶対に許されません。急がば回れの精神でやっていただきたい。
一方、健康管理の調査に関しては、現在厚労省がSNSとシステム構築をしており、3種類のワクチン(コミナティ、アストラゼネカ社、モデルナ社)それぞれ1回接種で50万人分、合計300万接種分に対して、「接種当日」、「接種1週間後」、「接種2週間後」の3回アンケートに回答する方法で構築中だそうです。従来のはがきでのアンケート調査をやめてSNS活用は1歩前進でした。高齢者の接種が開始されたころから運用予定だそうです。
4.ところでワクチンはどれくらい効くのか?
これに関しては議論の余地はなさそうです。現在先行接種に使用されているmRNAワクチンのコミナティが95%、5月以降に特例承認予定のモデルナ製のmRNAワクチンも94.5%、4月特例承認予定のアストラゼネカ社のベクターワクチンも70.4%。いずれも期待以上の驚異的な有効性(発症を抑えた)を示しています。95%発症を抑える、ということは、東京が2000人の感染がでました!といっていた時期でも、その20分の1の100人の発表ということです(正確に言えば発症者とPCR陽性者は異なりますが、わかりやすくなるように誤解を恐れずにあえて言えば100人です)。下の図を見てもわかるように、時間がたてばたつほど、ワクチン接種している群と偽薬を打たれた群の発症者の累計の差が広がっており、この図一つではっきりと有効性を実感できました。
重症者にいたっては、臨床試験ではワクチンを接種した2万人の中ではほとんどいなかった、というほどすごいものです。最近では、発病だけでなくコロナ感染自体も抑えていることを示唆するデータもどんどん出ていると聞きます。イギリスでは、ワクチンを接種してわざと感染させるような治験も計画されているようです。日本のようにもともと感染者があまり出ないところでワクチンの有効性を示すためには、まさにこの方法しかないようです。そんな人道的に問題のある治験法でもやれそうなほどなのです。これをみてもワクチンに対するゆるぎない信頼の裏付けといえるでしょう。
長期的なデータは当然ありませんが、ワクチン接種することでウイルスに対する抗体価が、自然に感染した時よりも上昇しているというデータもあり、自然感染では残念ながら獲得できなかった集団免疫も、ワクチン接種であれば効率よくできるのではないかと相殺されています。そうなれば、コロナは数年で消えることはないにしても来年あたりには問題にならない感染症、つまり一部の人が信じているようにホントにただの風邪になっちゃうでしょうから、今の段階は長期的な有効性については議論する意味はないような気もします。以上、執筆者の個人的な感想でした。
5.どうしてコロナワクチンが1年でできてしまったのでしょうか?
今回あっという間にできて各国で承認されたワクチンは、執筆中の2月末の段階で中国製が2つ、ロシア製が3つ、アメリカがファイザー・ビオンテック社とモデルナ社、ジョンソン&ジョンソン社の3つ、アストラゼネカ社系のイギリスとインドのワクチンの合計10つです。すべて核酸ワクチンやベクターワクチンという新しい技術を使って開発されました。
これらのワクチンを見てみると、共通していることがあります。大きく3つ。
1.すべて核酸ワクチン(本体がRNAやDNAというたんぱく質の設計図)で、ウイルスの設計図である核酸配列がわかれば短期間に開発可能なであること
2.開発国はすべて軍事大国で危機管理能力に優れていること
3.発病(感染ではない)阻止の有効性が非常に高いこと
有効性は前章で、核酸ワクチンの利点は次章で述べるとして、今回のパンデミックという地球規模の危機に陥った時に、各国はどのような対応をとったのか。大変興味深いです。台湾やニュージーランドのように小さな島国で医療資源も限られた国では「ゼロ・コロナ」を目指して早々にロックダウン、数名感染者が出た時点で感染者を徹底的にあぶりだして隔離する戦法を取りました。一方、スウェーデンのように法律で個人の権利が守られている先進国はロックダウンや過度な人権制限をせずに、ICUを増やしたり入室制限をするなど医療体制を変えることで感染者が出ても医療崩壊を防ぐ戦法を取りました。
一方、アメリカ・中国・ロシアなど軍事大国は生物兵器攻撃を受ける恐れがあり、危機管理能力の高い国です。国家が生き残るためには、日ごろから生物兵器攻撃を受けたときの備え(つまりワクチン開発)をしておくことはもちろん、緊急事態に陥った時、兵役を含め、人権よりも公共の福祉が優先されます。今回、アメリカやロシア、中国(人民解放軍に接種)で大規模な第3相試験が速やかに行われたことの下地は、この辺にあると考えます。
6.新しい技術、核酸ワクチンはいいとこずくめ
確かに危機管理能力が優れている点もあるかもしれませんが、早期開発、早期大量生産の一番のカギは、今回のワクチンがメッセンジャー(m)RNAという核酸、つまりたんぱく質の設計図を使用していることにつきます。簡単に言えば、ワクチンの主要部分(コロナワクチンの場合、感染のキーとなるスパイクたんぱく)をどこで大量に製造しているかがポイントです。
従来型のワクチンは、ワクチン製造工場でウイルスを培養・増殖させて、キーとなる部分を精製していました。ウイルスや毒素などを大量に増幅、精製するだけで長い時間がかかります。例えばこの冬問題になった阪大微研の日本脳炎ワクチンの「ジェービックV」。原液製造の工程で施設内に微生物が発生したので、せっかく製造した原液を破棄し不具合を修繕するために約1か月製造中止しました。昨年12月から原液製造を再開していますが、製品の出荷再開は1年後の今年の12月。コロナワクチンのように日本だけでも7000万人分とかではなく、わずか300万本で1年もかかってしまいます。従来のワクチン製造は作り直しに時間がかかります。それだけではありません。苦労して人工的に作成したたんぱく質を投与するだけでは十分な免疫反応を惹起できませんので、従来型の不活化ワクチンにはアジュバントや保存剤を混入しなければなりません。このアジュバントの存在で、接種局所の痛みや腫脹が強くなったり、熱がでたり、長期的にはADEMやギラン・バレー症候群などの自己免疫疾患発症の懸念があります。
今回の核酸ワクチンでは、キーとなるスパイクたんぱく質は非接種者の体内で自ら作ります。つまりヒトの細胞のなかのタンパク製造工場であるゴルジ体や小胞体などを利用します。製造するのに時間がかかるスパイクたんぱくそのものを接種するのではなく、短期間で製造できるmRNAを接種すれば、人の体の工場で自動的にスパイクたんぱくを接種後1週間ほどで十分量を作ってくれます。
核酸ワクチンの利点はそれだけではありません。RNAやDNAなどの核酸は試験管内ですぐに簡単に増幅、修飾ができる上に、何度でも配列変更が可能。そのためウイルスの変異株が出現してスパイクたんぱくの形が変わっても、変異株の設計図はシーケンサーですぐにわかるので、たちどころに変異に対応する新しいRNAを作り直すことができます。またこのワクチンにはmRNAのほか含まれるのは水と油と塩と糖のみです。従来型の不活化ワクチンには必須であったアジュバントや保存剤などの添加物は含まれていません。それにRNA自体は半減期が20分程度と大変不安定なので、接種後10日程度で機能しなくなり、免疫獲得に必要な十分量のスパイクたんぱくを作ったころには分解されて消えてなくなってくれます。人間の体内には逆転写酵素がないのでRNAからDNAに転換されて核内に取り込まれるなどということは起きえず、理論的には長期的な副作用は起きえないといわれています。以上、時間も手間も場所もとらない上に安価?・安全。まさにいいとこ尽くめのワクチンです。
7.懸念はないのだろうか
コミナティの臨床試験で、偽薬を打たされた人21686人うち、4か月後の累積新規感染者数が275人でその率1.3%。この微妙な数字をみて、ほんとにみんな打つ必要があるのかどうかは個人の責任で考えることとして、今回のワクチンの有効性に疑念を持つ方はいないでしょう。また短期的な重篤なアナフィラキシー発生率は海外では10万回に1件程度と、確かにインフルエンザワクチンに比べると高いですが、抗菌薬では5000人~1万人に一人に比べると圧倒的に少ない。当院では食物経口負荷試験を月に30-40回ほどしていますが、たいてい月に1人はアナフィラキシーを起こしてアドレナリン筋注を必要としています。が、二次病院に搬送して更なる処置が必要なケースは年に数名程度です。つまり、アナフィラキシーは適切な処置がすぐにできるところであれば、大きな問題になることはほとんどないということが言いたいわけです。
しかしなんといっても今回初めて使用されるワクチン。私も打ちますキャンペーンを見せられたり、全然痛くなかった、と日本第一号の方がインタビューで答えても、それでもやはり皆さんの懸念は消えないと思います。核酸ワクチンは本当に大丈夫なのか?特に長期的な観点からみてどうか。理論的にはRNAは10日程度でなくなってしまうし、通常の状態ならばRNAがDNAに転換することはないし、RNAが染色体にインテグレートされることもないわけでありまして、末章のコラムでふれる開発者、カリコー・カタリン博士がもくろんだ通り長期的に体に影響することはないと思います。
しかし医療に絶対はない、といわれています。そもそもテミン博士がRNAからDNAに逆転写されることを予測し1970年に逆転写酵素を発見するまでは、DNA発見者の一人クリック提唱のセントラルドグマ(1958年)がずっと信じられていたくらいです。実際、生物の遺伝子には過去にインテグレートされたと思われるウイルスの遺伝子が確かに組み込まれて、その遺伝情報が進化に影響を与えている事例があることも推測されています。また人の体には確かに逆転写酵素はないのですが、レトロウイルスのように転写酵素を持ち、知らぬ間に人の体に潜入しているウイルスもあります。有名なところとしてはHIVや成人T細胞白血病ウイルスなどありますが、不顕性などのためわかっていないものもあるかもしれません。それら共存しているウイルス由来の逆転写酵素がコロナワクチンのRNAをDNAに変換したうえで遺伝子にインテグレートさせるのは吹飯ものの夢物語でしょうが、どうなんでしょう。先日、母親の羊水内の子宮頸がん細胞が分娩時に新生児の肺に入り込んでベビーの体に生着して、成長してから肺がんになった驚くべき症例が国立がん医療センターから発表されています。何も起こらないことなど絶対ないことだけは確かです。バイデンやジョンソンが打ったから、とか、菅総理が打てばうってもいいかな、とか、僕も打ちます、みんなも打ちませんかキャンペーンしてるから、とか、赤信号ーみんなで渡れば怖くない精神で、ポンと打つのだけはやめましょう。打つとどんないいこと悪いことが起こるのか、自分で正しい情報を集めて、考え、咀嚼、整理して納得してワクチンを受けましょう。
著名になられた感染症専門の先生がたの「私達は受けます」ポスター
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コラム:mRNAワクチン開発の大逆転ストーリー:現ビオンテック上級副社長カリコー・カタリン博士の苦労話
1989年研究室のベンチ前で
今回、コロナワクチンのことを調べているうちに、なぜ人の体でワクチンのもとを作らせる効率のいい、というかいいとこずくめのRNAワクチンがどうして今までなかったのだろう、という素朴な疑問にぶち当たりました。コロナワクチンに関するいろいろなWEB講演会をのぞきましたが、RNAワクチン開発に20年以上の長きにわたる基礎研究時代があった、とどの演者も話しています。で、ネットやSNSでRNAワクチンについて調べているうちに、カリコー・カタリン(Kaliko Katalin:米国式にケイト・カリコと呼ばれることが多いが、ハンガリー人として誇り高い彼女に敬意を表して)というハンガリー人の生化学者に行き当たりました。ロックフェラー大学の船引宏則先生が「コロナの革命的ワクチンを導いた女性移民研究者」という題で論座にWEB投稿しています。残念ながらログインしないと全文読めないので、ビジネスインサイダー誌に掲載された記事をもとに概要を紹介いたします。
カリコー博士は1955年にハンガリーで生まれ、セゲト大学で生化学の博士号を取得。RNAの研究(RNAの抗ウイルス効果)をしていました。1985年、30歳の時にアメリカにポスドクとして渡米。1989年からペンシルバニア大学助手に着任しました。この当時、DNA合成装置やPCRマシーンが世界中の研究室に導入され始め、遺伝子治療への期待が広がり始めた時代でした。例えば遺伝子機能が欠損した患者に正常な遺伝子を持つDNAを導入したら・・・など。ここでカリコー博士は思い立ちます。「DNAは長期に体内に残ってしまう。治療が終わり必要なくなれば除去できるほうが望ましい。短期に分解できるmRNAを導入して一時的に必要なたんぱく質を作らせたほうがいいのでは」と。1990年このアイデアでグラント申請しましたが、リジェクト(不承認)となりました。その後、1991年にペンシルバニア大学(以後、通称:Uペンで表記)教授に昇格しましたが、その後もmRNAを使った遺伝子導入のグラントはリジェクトされ続けたそうです。アメリカは人種や国籍、性別、年齢での差別には厳しいですが、それ以上に研究費を獲得する能力に対しては一切の妥協はありません。研究費獲得ができない彼女は、ついに1995年、正教授から非常勤教授へ格下げられました。そのころ癌の診断も受けました。ハンガリー人の夫はビザの問題でハンガリー内に6か月間拘束を受けるという、まさに泣きっ面に蜂が100匹状態。ハンガリーからの移民研究者としてはまさに崖っぷち。しかし彼女はmRNAにかける気持ちにいささかの曇りもなかったようです。その地獄のような日々で研究を続けました。1990年ころから、mRNAを使ったワクチン開発です。
mRNAワクチンの最大の問題点は、mRNAをそのまま体内に入れても、mRNAが細胞に目的のたんぱく質を作らせる前に、生体はそれを異物とみなして排除(いわゆる自然免疫)してしまうことでした。この最大の弱点を解決するためにとった手段はただ一つ。ハードワークです。朝6時から実験開始。もちろん週末にも働き、しばしばオフィスで寝ることさえもあったそうです。1月号で紹介した上原賞受賞の吉村先生ごのみのハードワークぶりでした。そのころの様子を、他人はクレージーで苦労しているな、と感じていたそうですが、彼女自身は「仕事をしていた感覚はなく、娯楽か遊んでいる感覚だった」と語っています。
そして彼女に転機が現れます。1997年ドリュー・ワイスマンというUペンに入学したばかりの天才学生との出会いです。コピー機を共有しながらおしゃべりをしてアイデアを出し合い、mRNAの免疫反応の問題解決に協力して取り組みました。そしてようやく解決のカギをつかみました。ウリジンというヌクレオシドの一つでした。ウリジンはRNAを構成するヌクレオシドの一つですが、ウリジンをわずかに修飾変更することで、mRNAの免疫による排除を抑えることに成功しました。2005年、ついに2人はその研究結果を「immunity」という免疫の一流雑誌に発表しました。
その後もmRNA分解を遅らせる研究を続けなければなりませんでした。MITの教授でモデルナ社の共同創始者のロバートランガー教授は1976年にRNAなどの核酸がPEGのようなポリマーに包まれている場合、ポリマーが炎症反応を引き起こすことなく核酸を放出する論文を発表しています。当時は、ポリマーで核酸など小さな粒子を包んで細胞内に送達するなど考えもできませんでした。この論文は多くの批判を浴び、結果を信じてくれませんでした。しかしこの研究こそ、RNAをPEGに包んで接種する、今回のRNAワクチンのドラックデリバリーシステム構築の最大のヒントになりました。
2010年、ハーバード大医学部のデリック・ロッシ教授とテモシー・スプリンガー教授は、カリコー博士とワイスマンのmRNA療法に基づく会社設立についてランガー教授に話を持ち掛け、モデルナ(ModeRNA:修飾RNAにちなんで命名)という会社を立ち上げました。
マサチューセッツ州のモデルナのオフィス玄関
一方、カリコーとワイスマンですが、2005年の発表後に特許申請をしたのですが、そのプライオリティー争いをしています。特許申請書のカリコー博士の名前が2番目だったのです。ワイスマンにこれは自分のアイデアなので、自分がファーストであるべきと主張。これにはハンガリー人の女性の移民研究者という差別への反感もあったのではないかと推察しています。このような場外でのドタバタ騒ぎもあり、結局Uペンはカリコーの独占ライセンスとワイスマンの特許をセルスプリクト社に売却しました。
2013年、カリコーはUペンでの正教授昇進を辞退し、ビオンテック社の上級副社長として移籍しました。2017年、カリコー博士はマウスと猿でジカウイルスのmRNAワクチンをビオンテックとUペンの共同で開発しました。そして昨年コロナ・パンデミックが発生。ビオンテック社は大手製薬会社ファイザーと組み、モデルナ社は単独でmRNA開発に取り組みました。それは2020年1月10日に中国がコロナウイルス(正式にはSARS-CoV-2)の設計図であるRNA配列を公開した3日後の1月13日から始まっています。開発開始からわずか2か月でモデルナ社はワクチンを完成させ第1相の臨床試験を開始。ファイザー・ビオンテクデック社もそれにつづき春から夏にかけて臨床試験の第1・第2相の小規模の臨床試験で安全性と抗体価の上昇を確認しています。そして2020年7月には、アメリカの「オペレーション・ワープ・スピード」の国策目標もあり、治験ボランティアに第3フェースの臨床試験を開始。11月9日、ファイザー社はプレスリリースで「90%以上の有効性」と公表しました。11月20日に米食品医薬局FDAに緊急使用許可の申請を行い、審査スタート。12月11日には承認に至りました。そして12月14日から接種が開始されました。コミナティの最初の接種はニューヨーク州ロングアイランド・ジュ―イッシュ・メディカルセンターのICU看護師のサンドラ・リンゼイさんだったそうです(下)。
2005年のカリコーとワイスマンによる最初のmRNAのウリジンの修飾による安定化の論文発表時にはあまり注目を集めませんでしたが、今ではハーバード大医学部教授でモデルナ社共同設立者のデリック・ロッシをはじめ多くの学者がこの研究がノーベル賞に値するだろうと思っています。まさにワクチンをはじめ遺伝子治療に革命を起こしたカリコー・カタリン博士。差別を受けていたハンガリー出身の女性移民研究者のまさに大逆転物語でした。今回の偉業の陰にこのような物語があったのです。いや~東欧の女性研究者といえば、女性初のノーベル賞受賞者でそれも異なる分野で2度も獲得したポーランドのマリー・キュリー博士が有名ですが、彼女も負けすおとらずすごい方でした。