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暖冬の冬も抜けすっかり春爛漫。今年はコロナ禍の影響で、静かな春を迎えたところも多いと思います。コロナ、コロナといっている陰で、毎年3月くらいからこどもの間でヒト・メタニューモウイルスによる気管支炎や肺炎で問題になっているのをご存知ですか?インフルエンザやRSウイルスなどに比べるとあまり耳なれないウイルスであるヒト・メタニューモウイルスによる病気について解説します。
今月のフォーカス ヒト・メタニューモウイルス感染症
1.ヒト・メタニューモウイルスの発見
以前からヒトののどや気道、肺などの呼吸器に感染する原因のウイルスとして、RS ウイルス、パラインフルエンザウイルス,インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ライノウイルス,一部のエンテロウイルスやアデノウイルスなどが知られていました。それでも20年前までは原因不明ウイルスの呼吸器感染症が数 10 %存在していました。その原因不明のウイルスが2000年にはいり、どんどん分離、解明されてきました。2000年以後、最初に分離同定された呼吸器ウイルスがヒト・メタニューモウイルスです。
2001年、オランダのグループにより、23人のこどもの呼吸器感染症の鼻やのどから分離、同定し初めて報告されました。その後もどんどん新しいウイルスが発見されました。2003年にはあのSARSコロナウイルス、2004年から風邪コロナウイルスが2つ(NL63とHKU1)、ヒト・ボカウイルス(2005年スウェーデン)、いわゆる2009年の新型インフルエンザのA/H1N1pdm2009(2009年アメリカ)、MERSコロナウイルス(2012年イギリス)などどんどん新しい呼吸器ウイルスが発見されました。そして今回、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を起こすウイルスとしてSARRコロナ2(SARS-CoV-2、2020年中国)が発見されました。
2.ヒト・メタニューモウイルスはどんなウイルスなのか?
今から20年前の2001年、ヒト・メタニューモウイルスは初めて分離された、と書きましたが、実はSARSコロナ、新型インフルエンザ(A/H1N1pdm2009)、MERSコロナ、そして今回のSARSコロナ2とはことなり、実は新種のウイルスではありませんでした。1958年に収集されたヒトの血清には、全例抗体が陽性であり、みんなこのウイルスに感染して免疫ができていたことから、少なくとも1960年以前からこのウイルスは存在してヒトの間で流行していたことがわかっています。
ウイルスの仲間としては、コロナウイルスなど多くの呼吸器感染症の原因ウイルスと同じ、1本鎖RNAウイルスです(アデノやボカウイルスはDNAウイルス)。新型コロナやインフルエンザウイルスと同じようにエンベロープという油の膜につつまれており、突起があります。RSウイルスと同じパラミキソウイルス科、メタニューモウイルス属の仲間に属しています。メタニューモウイルス属には、鳥に感染するトリ・メタニューモウイルスだけが知られていましたが、2001年、2番目のメタニューモウイルス属で初めてヒトに感染するウイルスとして登録されました。
ヒト・メタニューモウイルスは、遺伝子の解析をするとインフルエンザウイルスやRSウイルスと同様、大きく2つの方、A型とB型のグループに分かれます。さらにそれぞれのグループには2つのサブグループに分かれます。ということで、ヒト・メタニューモウイルスには大きく4つのグループがあるということになります。繰り返し感染してしまうのもこの辺りからくるものと思われます。
3.ヒト・メタニューモウイルスが引き起こす病気・・・RSウイルスとの比較
図1 ヒト・メタニューモウイルス感染症の臨床経過
感染してどのような症状が起きるかを図1に示します。感染して症状が出るまで(潜伏期)が4日から6日と、インフルエンザより長いです。おおむね多くの他の呼吸器感染症と同じ程度とお考え下さい。つまり治りかけたくらいに次の兄弟にかかるという感じになります。基本的には熱や咳嗽・鼻水などの症状が消失したら感染力はなくなります。これも他の呼吸器感染症と同様です。
ヒトに感染するウイルスの中で遺伝子の構造が一番似ているのは、赤ちゃんに感染して細気管支炎を引き起こすことで有名なRSウイルスです。遺伝子構造が似ていることもあり、このウイルスが引き起こす病態もRSウイルスに感染したときにそっくりです。どちらも高い熱がでる、ゼコゼコ伴う咳込みがひどい、ねばねばした透明の鼻水が大量に出て鼻が詰まる、という小さな子供さんにはつらい症状がかなり長く続くことが特徴です。なかなか薬が効かず、医者や母親泣かせの病気です。
RSウイルスとの大きな違いは、ヒト・メタニューモウイルスは流行する季節が比較的決まっていることです。厳しい冬が去り、暖かくなってインフルエンザの流行が落ち着いてくる3月ごろから数か月間流行が続きます(図2)。一方、RSウイルスのほうは、昨年の9月のこのシックニュースウイルスの特集で取り上げたように、最近3年は夏に流行しています。以前は寒くなるころから流行していました。RSウイルスと違い、ヒト・メタニューモウイルスは、今のところ流行る季節が固定されています。
またRSウイルスの場合、お母さんからもらった免疫のおかげで比較的ウイルス感染に強いといわれている生まれたての新生児や早期乳児の赤ちゃんにでも感染して、しかも発症年齢が低ければ低いほど重症になることが知られています。一方、ヒト・メタニューモウイルスは、他のウイルス疾患と同様、赤ちゃんのうちはお母さんからもらった免疫に守られていて、あまり問題になることは少ないといわれています。お母さんの免疫が切れてきた生後半年を過ぎたころから問題になります(図3)。RSウイルスは1歳児くらいまでが細気管支炎や肺炎に進行しやすく要注意といわれていますが、ヒト・メタニューモウイルスは3歳過ぎてからも幼児期くらいまでは普通に下気道炎をおこしえます。RSウイルスと違いお兄さんやお姉さんたちになっても注意が必要です。
図3 年齢分布
RSウイルスもヒト・メタニューモウイルスも5日から7日くらい高熱が続き、ゼコゼコ・ブヒブヒがひどいので、長期間寝られない、飲めない、食べられない、となり、こどもにとってはつらい病気です。免疫力のない小さな子供なので、細菌の二次感染が起きたり、脱水症になったりで、入院になることも多いです。こどものウイルスを番付してみると、ワクチンのおかげでロタウイルスや麻疹ウイルスが引退してくれた今では、RSウイルスとノロウイルスが東西の横綱級、ヒト・メタニューモウイルスと、ワクチンや治療法があるとはいえまだまだ元気なインフルエンザウイルスが大関級、アデノウイルスと夏風邪のエンテロウイルスが関脇級、といったところでしょうか。風邪コロナウイルスは、こどもにとっては今後出てくる可能性がある元気な若手な小結か前頭といったところでしょう。今問題になっているSARS-CoV2もこのくらいならばいいのですが・・・おそらくは朝青龍みたいになるのか?それともただの”弱きをくじき、強きを扶ける”性格の悪い横綱になるのでしょうか?
4.どのようにして診断しているか
3月から5月くらいにかかけて、乳幼児のお子さんで熱が続く、ゼコゼコ・ブヒブヒが長引いていたら、まずこれを疑います。インフルエンザでおなじみの鼻ほじほじのウイルス抗原を検出できる迅速診断キット(図4)がありますが、6歳未満でないと保険が効きません。6歳以上の年長者では、この病気は重篤ではないとみなされているからです。実際はケースバイケースなのですが、医学的管理の必要性はあっても運用のため一律で処理せざるを得ない保険診療の弊害(といってはいいすぎですが)です。よって6歳以上で検査を希望される場合は自費診療となります。
肺炎に進展しやすいため、陽性者は注意が日地用です。数日高熱が続いて、咳が止まらないような場合は、採血検査で炎症反応を調べてみたり、炎症反応が強いお子さんにはレントゲンで肺炎の有無を調べます。
図4 ヒト・メタニューモウイルスのイムノクロマト法による迅速診断(みずほ・メディ―のホームページより)
5.かかったらどう対応したらいいのか
RSウイルスや新型コロナと同様、有効なワクチンや特効薬はありません。この辺りが有効なワクチンがあるインフルエンザウイルスとは異なる点です。熱やゼコゼコ・ブヒブヒいう期間が1週間程度になりますので、体力を落として脱水症や肺炎にならないようにしてゆく対症療法が中心となります。経口や飲水、睡眠が十分にできるように、病院で吸入療法や鼻汁喀痰吸引をしっかりしたうえで、たん切りの薬、気管支拡張剤、鼻水止め、解熱剤など症状を和らげる薬を飲んでいただいて様子をみます。
感染予防や人にうつさないためには、今流行りのコロナと同様、飛沫・接触感染ですので、石鹸による手洗いもしくは(あれば)アルコールによる手指衛生、学童期で症状があればマスク(これも手に入れば)も効果的です。
高熱や咳嗽が長続き、飲めない、食べられない、ねられない状態になると、脱水症や肺炎を併発してきます。熱が5日以上になってしまえば、かなり苦しくなりますので、大きな病院(大分市内では、大分こども病院や県立病院)の小児科の先生方に依頼して入院管理となることも多いです。入院して、輸液療法、吸入吸引療法、鎮咳去痰剤などの内服薬で脱水症や痰の吸引を定期的にします。肺炎や中耳炎などの細菌感染症の合併に対しては、ペニシリン系の抗菌薬をはじめとする静脈注射による抗生剤投与を数日行います。解熱して飲める・食べられる・寝られる状態になって、採血検査で炎症反応が正常化したら退院できます。入院期間は4-5泊、ゼコゼコ長引けば7-10泊必要になることもあります。
かかる年齢が比較的年長者が多いので、RSウイルスの時のように酸素投与や人工呼吸器などによる補助換気まではいらないことが多いですが、やはり気管支喘息などの慢性疾患のあるこどもがかかるとかなり厄介になってしまいます。それに毎年、高齢者施設などでの集団感染での死亡例も報告されています。今年も2月、徳島で介護老人施設でのヒト・メタニューモウイルス感染による5人の死亡事例がニュースになりました。新型コロナの陰に隠れてしまっていますが、他のウイルスも決して忘れてはいけません。ワクチンも特効薬もないので、3~4回はかかるしかないのですが、流行期の春から初夏にかけて、特に持病のあるこどもさんや高齢者介護施設では注意が必要です。ハイリスクのお子さんの場合は、周囲の流行に気を付けて、疑ったら迅速診断で積極的に診断し、病初期から脱水や睡眠不足で体力が落ちないように積極的に対応していく頃が大切です。
追記:東京では桜が満開、という話をテレビで聞いて、3月下旬の晴天の日、サクラを求めてとある名所へ。残念ながらサクラの開花にはまだほど遠い状態でした。昨年の様子はこちらで。しかし近くの石仏前の諸葛菜の畑は満開状態。紫花をいっぱい咲かせていました。石仏も菜の花に飾られ、コロナで狂った人の世とは無関係に、季節は確実に春にむかっているのを感じました。