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シックキッズニュース 7月号 No74 例年より早く流行しているヘルパンギーナ

シックキッズニュース 7月号 No74 例年より早く流行しているヘルパンギーナ

ヘルパンギーナの流行が巷で話題になっているようです。とはいえいつもの年よりちょっぴり早くヘルパンギーナが流行っている程度、なんでこんな大げさになるのか?おそらく「ヘルパンギーナ」という聞きなれぬ得体のしれない語感の言葉が独り歩きして、派手に報道されているだけなんじゃないの、と思います。今年のケースの場合、実態はふつうの夏風邪なんですけどね。とはいえ、コロナ9波は7~8波に比べたらショボそうでとり上げるまでもなさそうだし、特にほかにやることもないし、私個人的には夏風邪のエンテロウイルス感染症は特に好きであるので、今月はヘルパンギーナにフォーカスをあてて解説します

今月のフォーカス 例年より早く流行しているヘルパンギーナ

1.夏風邪の特徴

この暑い時期に咳、鼻などの風邪症状でかかったら、なんでもかんでも「夏風邪です」といわれるけど・・・「夏風邪と普通の風邪は違うのですか?」「はい、なにからなにまで大きく異なります

夏風邪とは一般的に梅雨の時期から夏休みの暑い時期に流行する、主にエンテロウイルスの仲間やアデノウイルスによっておこる風邪をいいます。ほとんどが1歳から4~5歳までの乳幼児が中心で、就学時以上の小児や大人はすでに免疫がありうつらない、と考えていいでしょう。夏風邪、といえば、「手足口病」「ヘルパンギーナ」「プール熱(咽頭結膜熱)」が3大夏風邪といわれていますが、風邪の症状として知られている鼻水、咳ではなく、高い熱(手足口病の多くは熱が出ません)やのどの痛み、下痢などの胃腸炎症状発疹などの多彩な症状がでます。一方、春先から初夏くらいまでに流行する、いわゆるふつうの風邪は、鼻水や咳、ぜこぜこが中心です。のども赤くはなりません。咽頭の後ろの壁のリンパ濾胞は腫れますが、いわゆる「のどが赤いですね」とはなりません。いついっても「のどが赤いですね」という医者から「のどが赤い」といわれたときは、「風邪ですね」といわれた、と思っていいです

インフルエンザやコロナで「のどが赤いです」といわれるときにしばしば観察される咽頭後壁のリンパ濾胞像(草ケ谷医院のHPから引用させていただきました)。のどちんこ、あかくないとおもうのだが

2.へルパンギーナとは

ヘルパンギーナって最近聞くけど、いったいなんですか?と思われている方も多いと思います。ヘルパンギーナ(Herpangina)は、「angina」(扁桃炎、のどの炎症)の頭に「herpes」(ギリシャ語で「έρπης」、つまり「這う」、という意味。這うように広がる皮膚疾患でヘルペス、水疱の語源)をくっつけた造語です。「水泡を伴うのどの炎症」という意味でしょうか。その名のごとく、軟口蓋から口蓋弓にかけて水泡を伴う咽頭の炎症を特徴としています

ヘルパンギーナで観察される軟口蓋から口蓋弓にかけてみられる白い水疱が破れた潰瘍(アフタ)と正真正銘、赤いのど(NHKのHPから引用)

どのような経過をたどるのか、というと、原因ウイルスに感染して2~4日(数日後)に突然高熱が出て、のどが痛くなります。のどを見ると、軟口蓋という部分(のどちんこがついている周り)が充血、その後に軟口蓋から口蓋弓にかけて、1~2mm径の赤い淵(紅暈)にかこまれた水膨れが出現してきます。やがてこの水ぶくれは破け、粘膜に激しい痛みを伴う白い潰瘍(アフタと呼んでいます)を形成します。この口内炎が喉の奥に多発するわけで、こどもはだらだらよだれを垂らすようになったり、のんだり食べたりすると激しく痛がり、機嫌が悪くなり、食べられなくなったりしてきます。症状が強い急性期にもっともウイルスが排泄され感染力が強いですが、回復後にも2~4週間の長期にわたって便からウイルスが検出されることがあります。熱は本当に突然で、気づいたら38度後半から39度だった、というケースが多く、このため熱性けいれんには注意する必要はあります。またまれに無菌性髄膜炎を合併するケースもなくはないですが、ほとんどは予後良好です

日本では、例年ならば5月頃から西のほうから徐々に報告が増え始め、7月に流行のピークを迎えます。8月も盆を過ぎたころから減少し始め、9月から10月にかけてほとんど見られなくなります。しかし今年はすでに6月にピークを迎える勢いとなっており、大騒ぎになっている、ということです

今年は例年より1か月程度早めに流行が始まっている(大分県ホームページより)

母親からもらった免疫が切れて初めて集団保育を経験したての1歳代の幼児が好発年齢です。以後、年を経るにつれ減衰し、5歳くらいまでの乳幼児で90%を占め、学童以後罹患はまれとなります 最初に述べましたが、ヘルパンギーナなど暑い夏に流行る風邪、いわゆる「夏風邪」は、咳や鼻汁などいわゆる「かぜ症状」は目立たないのも特徴です。今年の特徴として、いつもはあまり見られない4~5歳代になってもヘルパンギーナで来院されるおこさんが散見されます。ちょうど後発年齢の1~2歳の時に、コロナの度を逸した感染対策でめでたくヘルパンギーナにならなかったお子さんたちが、遅れて出てきたヘルパンギーナに園児が一斉にかかっちゃった、というのが、どうも原因じゃないかとささやかれているようです

今年(上図)と過去五年(下図)の広島市内の24の小児科定点医療機関のヘルパンギーナの年齢別報告数の推移。今年は4歳代で報告数のリバウンドが見られる

3.コクサッキーウイルスA群:ヘルパンギーナを引き起こすウイルス

ヘルパンギーナをはじめ、手足口病、ウイルス性発疹症(ボストン発疹)など、いわゆる夏風邪の原因は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属のウイルスです。このうち、ヘルパンギーナは、主に「コクサッキーウイルスA群」に属するウイルスです

エンテロウイルスの関与する病気と血清型(細矢光晃先生「小児のエンテロウイルス感染症」から引用)

ヘルパンギーナの原因のコクサッキーウイルスは、発見地、アメリカ・ニューヨーク州のハドソン川西岸沿いのコクサッキーという町にちなんで命名されました。ニューヨーク州保健局で働いていたギルバート・ダルドーフによって1948~1949年ごろ分離発見され、サイエンス誌に発表されました

左真ん中に”The Coxsakie Group of Viruses”と最初に発表(1949年)

コクサッキーウイルスは、インフルエンザやコロナ、RS、麻疹、風疹ウイルス同様、RNAウイルスの仲間です。コクサッキーウイルスがこれら有名なRNAウイルスと異なるのは、エンベロープと呼ばれる脂質でおおわれていないところです。これは胃腸炎を起こすウイルスのノロ・ロタウイルスや喘息鼻炎を起こすライノウイルスと同様です。よって、コロナやインフル、RSやはしかでは有効なアルコール消毒や石鹸のような界面活性剤による手指消毒だけではウイルスを分解できません

細矢光晃先生「小児のエンテロウイルス感染症」から引用

また、いわゆる飛沫感染は通常発症から1週間といわれていますが、糞便への排泄は2~3週間つづき、さらに症状がない不顕性感染者からもウイルスは糞便に排泄され、感染源になるといわれています(アメリカ小児科学会発行RED BOOK 第31版p333)。このあたりが、ノロロタなどの胃腸炎、ライノでおこる鼻かぜ・ぜこぜこ、エンテロで起こる夏風邪が集団保育で容易に感染が広がる要因と考えられています。つまり、インフルやコロナの時のように、急性期限定の登園停止による幼稚園・保育園などでの厳密な流行阻止効果は期待ができません。ただしヘルパンギーナの児の大部分は軽症疾患なので、登園については手足口病と同様、流行阻止の目的ではなく患者こどもさんの状態によって判断すべきです。つまり熱が下がり元気になり、食欲が戻れば、感染力の有無にかかわらず登園可能と判断されます。学校保健法でも明確に規定されてはなく、一律に 「学校長の判断によって出席停止の扱いをするもの」とはなりません

コクサッキーウイルスA群には1型から24型(23型はのちにエコー9と同じことが判明し欠番)の23型の血清型がありますが、ヘルパンギーナを起こすウイルスは、主に2、4、6、10型が多いようです。年ごとに優位に流行する型はきまっており、国立感染症研究所が公表している病原微生物検出情報(IASR)によれば、今年は今のところ「コクサッキー2型」が優位に検出されているようです

6/23発表のヘルパンギーナ過去5年間の分離ウイルスの割合(IASRのHPから)

コロナの前の2019年夏はコクサッキー6型、コロナが始まった2020年、2021年は2年連続してコクサッキー4型、昨年2022年夏は3年ぶりに6型が優位でした。そして今年はコクサッキー2型が今のところ優位に検出されていつということです。以前に2型が優位だった年は2018年でしたので、それ以来5年ぶり(2018年は2型と4型と同じくらい)ということになります。マイコプラズマやリンゴ病でもそうですが、大体4~5年周期で流行します。おそらく集団の免疫の状態が、4~5年周期で落ちてくるからではないかと推測されます

2018年のヘルパンギーナ患者からのウイルス分離結果。5年前もCA2型と4型優位だった(IASRのHPから

流行する型によって臨床症状が異なるか、といえばそういえないこともないと思います。ヘルパンギーナの原因の6型や10型は、同時に手足口病の原因でもあります。6型や10型が流行すれば、ヘルパンギーナよりも、熱がなく手のひらや足の裏、ひざ、お尻などにも丘疹がぽつぽつできる手足口病の流行が問題になっていることでしょう。ヘルパンギーナの患者さんには、手足口病にみられる手のひらや足のぽつぽつ症状をおこすお子さんも増えてくると思われます。逆に2018年、2020年、2021年のように2型や4型も多く検出される年は、手足口病だけでなくヘルパンギーナの流行も問題なっていると思われます。今年もいまのところヘルパンギーナ患者から検出されるコクサッキーウイルスA群は2型なので、手足口病(CA6型や10型)の流行よりヘルパンギーナの流行のほうが問題になっているようです。手足口病のほうが実際には患者さんは多いのかもしれませんが、手足口病は新生児・乳児を除けば熱がでないなど軽いのでわざわざ医療機関を受診するまでもなく目立たないことが多く、一方高熱が出るヘルパンギーナのほうが目立ち一般うけしやすく、マスコミで取り上げられるのでしょうか

4.夏風邪に対して、どのように対処すればいいか(私見)

夏風邪を起こすウイルスのエンテロウイルスやアデノウイルスは、エンベロープという脂質ではおおわれていないので、一般的なアルコール消毒や石鹸などの界面活性剤での手指消毒では破壊されません。それに発症児の糞便からは約2~3週間、それどころか、症状が出ない不顕性感染児からでもウイルスは糞便中に排出され、十分感染源になります

そんな状況で一体どうやれば感染を防止できるのか?感染対策を徹底すれば感染は防げるのか。今まで時めいていた感染症専門医やそのお仲間たちに指導してもらえば感染は防げるのか。昔の皇族や貴族のように民衆から隔離された世界で生きている高貴なお方では最初から人流の制限が効いているので感染症自体問題にならないでしょうが、私たち一般民衆では当然否です。園で1名発症児が出てしまえば、一蓮托生、全園児・職員に感染は蔓延します。そして感染した園児は皆さんの家にウイルスを持ち帰り、家族にも感染を広げてしまうことになるでしょう

コロナで日本人の精神が徹底的にボコされたばかり。コロナ騒動が起きる以前は、子供の感染症に注目が集まるのはインフルエンザくらいだったので、夏風邪が流行った年も誰も何の関心もありませんでした。例えば2014年や2016年、エンテロウイルスの仲間のパレコウイルス3型が全国で流行、新生児脳症や敗血症様症状が大分でも結構でて、私自身大分市小児科医会で2度発表しています(①神薗慎太郎他、今夏当院で検出されたパレコウイルス感染症の5症例の検討 第371回大分市小児科医会学術講演会 ②神薗愼太郎 2016年6月のパレコウイルス3型検出13例の臨床的検討 第389回大分市小児科医会学術講演会)が、おろおろしていたのはこども病院や県病の小児科医だけで特に報道されることもなかったです。コロナで思い知ったように、感染症流行の過剰な取り上げは過度の不安を県民に植え付け、県民の行動様式に大きな影響を与える可能性もあり、別に報道しなくてもよいと思います。当院も感染症の取材依頼はお断りしています。コロナで感染症が異常にクローズアップされた現在では、ヘルパンギーナの例年に比べてちょっぴり早めの流行、ってだけで「今年はヘルパンギーナが猛威を振るっています」と報道されがち。そうなれば、すわ医療崩壊!、感染対策の徹底!などと動揺される方もいると思います

どっこい現実は、ヘルパンギーナや手足口病など夏風邪が流行っても医療崩壊や社会生活や経済活動が破綻することなくなんの問題になっておりません。大丈夫です。なぜか。学校生活や社会生活を送っている世代に夏風邪が蔓延することは通常あり得ません。これら就学児童以降の国民は、みんな昔、幼児期のころ、数年かけてすでに園でみんなと繰り返しいろいろな型のエンテロウイルスの仲間をうつしあって、知らない間にちゃんと免疫をつけているからです。また感染症が重症化しやすいといわれている生後6か月くらいまでの乳幼児は、母親からおなかにいる間に十分免疫をもらっており、ウイルスに暴露されても対応できるようになっており、感染しても発症しない、もしくは軽く済むようにできています

ただし先に少し述べたように例外的にエンテロウイルスの仲間のパレコウイルスエンテロウイルス71型に関しては新生児や乳児で問題になります。今年の手足口病は、今のところそこまで目立っていませんが、IASRの報告を見ると、今年の手足口病から分離された優位なウイルスは久しぶりにエンテロウイルス71型のようですので、例年出てくる7月から手足口病が大流行になれば、新生児・乳児の手足口病にともなう脳炎の発生が問題になるかもしれず、注意してみているところです

夏風邪を診ていると大切なことに気づきます。乳幼児にとって感染対策の徹底よりも大事なこと。それは皮肉なことですが、集団保育を通して、今のうちにお友達と様々なウイルスをうつしあって免疫をつけておくことです。集団生活を営まなければならない人間には、生まれついて感染症に対抗する免疫システムがきちんと備わっています。風邪をうつしあう、というのは必要悪なんだ、ととらえて、感染症を発症し、熱が出て、のどが痛くて食事ができない赤ちゃん、園児たちを、いかに体力が落ちないようにケアし重症化させないことが肝心です。 具体的には、高熱が出てきつがってむずがるお子さんには、適切に解熱剤を使ってあげ、熱が下がってきつさや痛みが和らいでいる間に睡眠をとらせたり、できれば食事、初期児が無理な場合でも水分補給は最低でもしておきましょう

食事は喉の奥の水膨れが痛くて涎も飲めずにだらだら流しているような状況なので、熱々の食べ物や辛いもの、酸っぱいものはまず無理です。冷たく冷やしたゼリー(OS1ゼリー)や寒天、アイスクリームなど、のど越しが良いものを与えて、体力を落とさないようにしてあげましょう。ヘルパンギーナであれば、有熱期間は多くは二日以内、長くて丸三日程度なので、ふつうは輸液療法などの処置は不要です

夏風邪には残念ながら1~2歳に出せそうな有効なお薬は、解熱剤くらいしかありませんし、それ以外は必要もないでしょう。うがいができる年齢のお子さんにはアズノールうがい液とかトローチくらいは出すことがありますし「桔梗湯」というのどの甘い漢方がのめそうなおこさんなら出すこともあります。けれど時間外などに救急病院を受診して長時間待たされて、有効とは思えないかぜ薬とかもらっても、どっちにしろのどが痛くて飲んでくれないし、ヘルパンギーナにはむしろ有害ともいえる抗生剤とか余計なものを出されることもしばしばみられ・・・そんなことになるくらいならば、こどもさんがゆっくり休めるような環境にした方が賢明です

コロナ5類以来、感染対策が盛り上がらないから「二匹目のどじょう狙いで」と、昔の名前で出ています的なのりの方々による報道やSNSでの過剰な煽りが出てくるのは想定内でしたが、みなさん、夏風邪の大部分は通常の風邪のケアですぐによくなります。過度な心配はご無用。そんなものに踊らされることなく、冷静に対応しましょう。

診療内容:小児科・アレルギー科・予防接種・乳児健診
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