今年も半分過ぎて、日本はすっかり夏。夏、といえば、去年は季節外れの夏のRSウイルス細気管支炎や秋の手足口病・ヘルパンギーナの流行で、コロナのせいでこどもの感染症が消えて集患に苦しんでいた当院のような小児科開業医院は歓喜にむせていた頃でした。
二匹目のドジョウ、ではないですが、今年は、「アデノが出たので調べてもらってください」と保育園などでいわれて来院する発熱したお子さんをちょこちょこみます。「そういえばアデノって最近なんかよく聞くようになったね」、って感じている親御さんたちもいると思います。
で、今月は最近よく耳にする「アデノウイルス」についてフォーカスします。
今月のフォーカス 最近よく聞くアデノウイルス感染症って?
1.アデノウイルスのこと
2.アデノウイルスに感染することによって引き起こされる病気
3.代表的なアデノウイルス感染症について
①咽頭結膜熱(プール熱)
②流行性角結膜炎
③アデノウイルス胃腸炎
4.アデノウイルスに関する話題
①こどもに起きる原因不明の肝炎はアデノウイルスによるかもしれない
②コロナワクチンにアデノウイルスベクターが使われている
番外編:アデノ7・・・かつてアデノウイルスによるこどもの重症肺炎があった
コラム 当院は6月で5周年を迎えます
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1.アデノウイルスのこと
ヒトのアデノイド(咽頭扁桃。鼻の奥にある扁桃腺のようなピンポン玉のような組織、いびきの原因でもある)の細胞を組織培養すると、自然に細胞が変性する場合があることは昔から知られていたそうです。1953年アメリカ国立アレルギー感染症研究所のウォーレンス・ロウ(Wallence P. Lowe)らのグループは、この細胞変性の原因が、新種のウイルスによるものであることを報告しました。ヒトのアデノイドから分離されたので、のちにアデノウイルスと名付けられました。
アデノウイルスは、風邪や呼吸器症状を起こすインフルエンザウイルスやコロナウイルス、RSウイルスや、下痢を起こすピコルナウイルスなどのRNAをもつウイルスとは異なり、DNAを持つウイルスです。約80nmという正十二面体の微粒子で、コロナウイルスなどとはことなり、エンベロープという油の膜には囲まれていません。つまりコロナ式のアルコールや石鹸での消毒は期待できません。次亜塩素酸ナトリウム(ハイター)での消毒が必要といわれています。
たくさんの遺伝型を持ち、現在までに60型以上報告されており、それぞれAからGまでの亜種に分類されています。
2.アデノウイルスに感染することによって引き起こされる病気
アデノウイルスの基本構造を上に示します。アデノウイルスは20面体の各頂点に存在する12個のペントン(黒)があります。そこから、コロナでも有名になったスパイク(オレンジ)が飛び出しており、このスパイクが私たちの体の細胞に吸着後、細胞内に侵入します。もともとアデノウイルスはアデノイドの細胞から分離されましたが、このウイルスのスパイクはいろいろな組織の細胞にくっつきます。
といっても、スパイクの種類(AからGまでの亜種)によって、どこの組織の細胞にくっつきやすい一定の傾向はあるようです。例えば、B群、C群、それにE群は扁桃や咽頭粘膜、結膜粘膜にくっつきやすいスパイクを持っており、有名な咽頭結膜熱(プール熱)を引き起こしやすく、D群は角膜・結膜粘膜にくっつきやすいスパイクを持ち、流行性角結膜炎を起こし、F群(稀にA群)は腸管粘膜にくっつきやすく、胃腸炎を起こす、などなど、たくさんの臨床像を呈します(下の表参照)。
B群に属するアデノウイルスには、ユニークな病態を引き起こすものがあり、例えば、11型は膀胱粘膜にくっつきやすいスパイクを持ち、「出血性膀胱炎」をおこし、また7型は肺の気管支、肺胞粘膜にくっつきやすいスパイクを持つため、恐ろしい「ウイルス性肺炎」をこどもで起こして、1990年代後半には大変恐れられていました(本ニュース終盤の番外編参照)。
このように、アデノウイルス感染症、と一口にいっても、どのグループ(群、種)に属するスパイクを持つアデノウイルスが流行するのか、で引き起こされるアデノウイルス感染症の病像に一定の傾向がみられます。
感染して発症する期間、潜伏期はほかの感染症に比べて長く、1~2週間かかるといわれています。やっと治った、とほっとしたころに他の兄弟が発症してしまうという具合です。
スパイクの遺伝型だけでも60型以上もあるため、残念ながらワクチンは開発されていません。
3.代表的なアデノウイルス感染症について
①咽頭結膜熱(プール熱)
②流行性角結膜炎
③アデノウイルス胃腸炎
①咽頭結膜熱:アデノ、といえばこれ。いわゆる「夏風邪」の代表。プール熱とも呼ばれているものです。乳幼児の「風邪症候群」の数パーセントはアデノによるといわれてています。
主に初夏から盛夏、乳児から年長さんくらいのお子さんが、急に39度からしばしば40度を超える高熱を出し、なかなか下がりません。流行中の型やこどもさんの免疫状態(以前にかかったことがあるか、など)、おおむね5日間は高熱に苦しむことになります。ということで、インフルエンザほどではないけど、それでも熱性けいれんの発症に十分気を付ける必要があります。結膜が充血する、といわれていますが、そこまで頻度は多くないようです。しかし特異度は高く、高熱が続いて目が赤くなれば、アデノ(か川崎病)をうたがうきっかけとなります。そして鼻閉が強く寝むれないと訴える親御さんもおおいです。こちらは頻度も特異度も高いです。口の中をみると、扁桃に真っ白な白苔を伴う扁桃炎が観察できます。
小児科医はだいたいこれでアデノだなと確信します。こどものコロナは数日の高熱と咽頭痛が主ですので、アデノのほうがすごくきつそう、と思う方もいるかもしれませんが、高熱がつづいても意外とケロッとしていることが多い印象です。この辺が、同じように高熱が続くヘルペスウイルス感染症の突発性発疹と似ている感じです。一方、高熱が続いて目が赤くなり、一瞬アデノか、と思わせる川崎病とは違います。川崎病はなんせ機嫌悪いですので。
咽頭結膜熱は主にB群に属するアデノ3型によっておきますが、7型や11型などほかのB群のメンバーやC群(1、2、5、6型)、E群(4型)などでも起きることが知られています。
私が医者になった30年前などは感染症の迅速診断キットなどない時代でしたが、初夏から夏にかけて、特徴的な扁桃炎など咽頭所見と抗生剤を使用しているにもかかわらず熱がなかなか下がらない幼児までのお子さん、などの臨床経過でアデノでしょう、熱が1週間近く続くかも、と説明していました。2000年に入り、イムノクロマト法による迅速診断キットが開発され、簡単に正確な診断ができるようになりました。その後判明したことは、夏だけでなく、冬でも扁桃炎を起こしていなくても熱が下がらないお子さんにインフルやらRSやらアデノやら面白半分にやってみると、たまたまアデノが引っ掛かることがあり、最初のころはかなりショックを受けたものです。で、今風の小児科クリニックでは、季節に関係なく、扁桃炎などなくても(場合によっては診察などしなくても)、熱がなかなか下がらず、採血検査で白血球数の上昇やCRPなどの炎症反応の高値があれば、次にアデノウイルスを迅速診断キットで除外。アデノ陽性ならばアデノウイルスによる咽頭炎(咽頭結膜熱)、アデノ陰性ならば細菌による菌血症や川崎病など考え、抗菌薬をスタート。熱が下がれば細菌感染症と臨床診断。下がらなければ菌血症や川崎病への進展を考え大きな病院にご紹介、という流れになっていることが多いと思います。診断キットは感染症診療に革命を起こしました。
余談になりますが、小児科医は熱のある子にはのどをみますが、アデノはのどの所見だけで診断できる三大感染症の一つです。他は「溶連菌感染症」、「ヘルパンギーナ」です。私か医者になった昔は「はしか」のコプリック斑もそうだったのですが、MRワクチンのおかげでいなくなってしまったので、アデノ、溶連菌、ヘルパンギーナをのどをみただけで診断できる現代の三大感染症とさせていただきます。それと、小児科医はのどをみて、「赤いですね~」と連発していますが、貧血のない咽頭粘膜は赤いのがふつうなので、とりあえず医者が「のどが赤い」いうのは、そうといっとけば、親御さんたちが風邪と納得してくれそうなのでいうだけのようです。かぜですねといってるんか~と思っていればいいです。
なお、咽頭結膜熱は5類感染症に分類され、感染症発生動向調査(小児科定点)対象感染症です。
②流行性角結膜炎:いわゆる流行り目です。両側共に赤くなりますが、程度に左右差があることが多く、最初に感染したほうの眼のほうが重症です。
結膜が真っ赤になり結膜がブヨブヨになり、目やにがでてまぶた全体が腫れます。咽頭結膜熱の結膜炎に比べると結膜炎の程度は強く、またしばしば充血がある方の耳の穴の前にある耳前リンパ節の腫れを伴います。炎症の強さがしのばれます。不幸にも角膜炎をおこしたら、まぶしい、強い目の痛みを伴うことになります。角膜炎を放置すると角膜に障害を残ることもありますので、この場合はステロイド点眼剤の適応となります。角膜に炎症が及んでいるかどうかは、眼科医による診察が必要です。一方、ステロイド点眼で思わぬ眼圧上昇を引き起こし緑内障の危険があり、その処方は眼科医による慎重な投与が求められ、小児科医や内科医が軽々しく出せるものではないので、流行性角結膜炎の診療は眼科医による必要があります。
D群に属するアデノウイルスによることが多いといわれています。D群には上の図のようにたくさんの型がありますが、有名なのは8型です。その他、古くから19型、37型による流角結も知られていました。しかし、2007年、免疫があるはずの成人に流行り目を起こす例が頻発し、このころにD群に属する50番台後半の新型のアデノウイルスが流行り目患者さんから分離され、一時話題になりました。個人的な話ですが、ちょうどそのころ私は田舎の島の病院にいたのですが、そんな田舎の病院にはもったいないくらいのたいへん優れた技能や知識をもたれた眼科の先生がおられました(信じられないことに今でも頑張ってそちらで地域医療に身をささげておられます)。私もその先生から早速この最新情報を仕込んでいたので、印象深いです。
本疾患も咽頭結膜熱同様5類感染症に指定され、感染症発生動向調査(眼科定点)対象感染症です。
③アデノウイルス胃腸炎:アデノウイルスのF群に属する41型によるものがよく知られています。6歳以下のお子さんでの発症が多く、嘔吐・下痢を起こし、便からのウイルスの排泄期間が長く、アルコール消毒や石鹸などの界面活性剤によるウイルスの破壊は期待できず、次亜塩素酸ナトリウム(ハイター)による汚物処理が有効なことは他の感染性胃腸炎を起こすノロ・ロタなどのピコルナウイルスやエンテロウイルスと同様です。一方、発熱を伴うことが多いこと、下痢の期間が他に比して長い傾向にあること、潜伏期は3日から10日と長めであること、貝などの食品を介して感染する例が少ないことという違いもあります。
アルコール手指消毒によるウイルスの破壊は期待できませんが、石鹸による手洗いによりウイルスが容易に流されることは期待でき、コロナで手洗いが流行ってからアデノ腸炎の報告も激減しています。ただ、保育所などでよくみられる、みんなで仲良く一斉手洗いは、ウイルスをむしろ周囲に飛び散らせてしまい逆効果のこともあるので、注意しましょう。アデノやノロを含む感染性胃腸炎を起こすウイルスたちは、手から流されても石鹸やアルコールごときで壊されるわけではありませんので。
アデノウイルスを起こすのはF群に属する40/41型、特に41型が知られています。他にもA群の31型も医療炎をおこすことが知られていますが、患者さんの便から検出されるのは大部分は41型といわれています。
このアデノウイルス胃腸炎も、感染性胃腸炎として5類感染症に指定されており、感染症発生動向調査(小児科定点)対象感染症です。
4.アデノウイルスに関する最近の話題
①こどもに起きる原因不明の肝炎はアデノウイルスによるかもしれない
②コロナワクチンにアデノウイルスベクターが使われている
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①こどもに起きる原因不明の肝炎がアデノウイルスによるかもしれない
近頃テレビや報道で聞くようになったこどもの原因不明の急性重症肝炎の話です。2か月前の4月6日、英国健康安全保障庁から子供の原因不明の急性肝炎の報告の第1報がありました。今年に入り10歳以下、多くは5歳以下のこどもに下痢や嘔気の先行症状に続いて、黄疸が起き、検査をすると比較的程度が強い肝障害を起こしている、そしてこれまで知られているA型からE型のどの肝炎ウイルスも検出されず、これまでのところ原因不明で、現在60例の症例の調査を進めている、という第一報でした。その後、毎週のように続報を出し、そのたびに症例数や肝移植が必要なこどもさんが増えています。4月12日の続報で、一つの手がかりが発表されました。アデノウイルスの関与が示唆されるとのことです。4月21日の第三報ではアデノの関与に関し、もう少し詳しいデータを公表し、検査ができた症例の77%でアデノウイルスが検出されたとこのでした。一方コロナワクチン接種者は一人もおらず、今のところコロナワクチンとの関与はないということでした。
4月23日にはWHOもこの原因不明の小児急性重症肝炎についての報告を公開しました。この時点で、イギリス国内(114)だけでなく、スペイン(13)、イスラエル(12)、アメリカ合衆国(9)、デンマーク(6)、アイルランド(< 5)、オランダ(4)、イタリア(4)、ノルウェー(2)、フランス(2)、ルーマニア(1)、およびベルギー(1)と多国で少なくとも119例報告されていること、年齢は1か月児から16歳、約10%の17人が肝移植を受けたとことです。アデノウイルスが少なくとも74例で検出、ゲノム解析されたもののうち18例は、F群の41型で、アデノウイルス胃腸炎をおこすことで知られているタイプでした。一方コロナ(SARS-COV2)は20例で検出され、そのうちほどんどすべての19例でアデノウイルスと同時に検出されています。大部分の患者はコロナワクチンの接種はしておらず、ワクチンとの関連は否定的です。
厚労省も海外からの原因不明の小児急性重症肝炎発生報告を受け、4月20日に自治体に注意喚起と情報提供の呼びかけ、WHOの本肝炎の暫定診断基準※の「可能性例」にあたる例が1例発生していたことを4月25日に報道向けにプレスリリースを行いました。(※可能性例 アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)又はアラニントランスアミナーゼ(ALT)が500 IU/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児のうちA型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者)。
そして4月27日に当該事例のサーベイランス調査と積極的疫学調査を指示。その後、定期的に可能性例の発生動向をWEB上に公開していますが、執筆時点で5月20に発表された前日締めのデータが一番新しいものです。これまでに日本国内で24例の報告があり、肝移植例はゼロ、コロナ検査陽性例は2例、アデノウイルス検出例も2例でした。検出されたアデノウイルスは欧州で問題になっているF群の41型ではなく、C群に属する1型と2型だったそうです。このC群に属するアデノウイルスは扁桃に持続感染して、糞便中に間欠的に排出されることが知られているものでして、1型と2型のアデノウイルス検出が果たして病的な意義があるかは、怪しいといわざるを得ません。
まだ日本では詳細な解析はまだのようなので、はたして欧米で問題の肝炎と同じかどうかは先にならないとわかりません。重箱の隅をつつけば、これまでも何型の肝炎ウイルスか診断がつかなかった肝炎はいたので、そういうことというだけかもしれません。いまのところ幸いに肝移植まで必要な例はいまのところいないものの、コロナの引きこもりが終わった今、原因不明の重症肝炎例は少数ながらでてきていることは確かのようです。しかし、英国健康安全保障庁のシニアメディカルアドバイザーのレニュー・ビンドラ博士は、「皆さんのお子さんが実際にこの肝炎を発症する可能性はたいへん低いことをしっかり認識してください」と、過度な煽りを警戒しています。頻度からすれば、大分とかでこの肝炎を発症する方はおそらくゼロか、いてもせいぜい1人くらいでしょうから、過度に心配するくらいなら、むしろ知らなくてもいいものかもしれません。
この原因不明のこどもの急性重症肝炎は現在進行形で解析中です。今の時点では疫学も原因も発症機転もアデノかも?くらいしかわかっていない状況なので、将来何かわかったらネタにさせていただこうと思っています。
2.コロナワクチンにアデノウイルスベクターが使われている
アデノウイルスは12個のペントンからニョキっとでたスパイクでたやすく細胞に接着し細胞内にウイルス内部の遺伝情報が詰まった核酸を感染細胞に侵入させることができます。この性質を逆手に利用して、ヒトに無害のアデノウイルス例えばチンパンジーアデノウイルスなどを利用して、コロナのスパイク蛋白の設計図がかかれた核酸をアデノウイルスに入れてヒトの細胞に導入して、ヒトの細胞で目的のたんぱく質を作らせて病気を治そう、というウイルスベクター療法の試みが1990年代初頭からなされてきました。この技術を使えば、これまで治療法のなかった先天性代謝疾患や癌などの治療、そしてワクチン開発にも応用できる夢の技術です。しかし遺伝子欠損症患者さん(オルニチントランスカルバミラーセ欠損症)の治験で接種後4日目に死亡したこと、別の患者さん(X連鎖重症複合免疫不全症)の治験でレトロウイルスベクターで遺伝子を導入したところ、原疾患は治癒したが、のちに遺伝子導入細胞由来の白血病を発症してしまったことなどの失敗で、ウイルスベクター療法の実用化は進みませんでした。これら負の歴史を乗り越え、2019年、ついに水泡性口内炎ウイルスベクターを利用して、「エボラ出血熱」のワクチンである「rVSV-ZEBOV(商品名Erbevo)」がWHOや米国FDAに認可されました。世界で初めてウイルスベクター療法が認可された瞬間でした。この辺の秘話はこちらでどうぞ。
そしてウイルスベクター療法の技術は、2019年末から現在に至るまで世界を席巻しているコロナワクチン開発にも応用されていることはご存じのとおりです。英国アストラゼネカ社のアデノベクターワクチンChAdOx1 nCoV-19(AZD1222)はヒトに無害のチンパンジーアデノウイルス(ChAd)日本でも認可されました。他にも世界では米国ジョンソン&ジョンソン社製、ロシア・ガマレア社製のスプートニクV、中国カンシノ製などのアデノウイルスベクターワクチンが認可されています。日本の製薬会社もアデノウイルスベクターワクチンを開発しようとしているようですが、コロナワクチンとしては、ご存じのようにmRNAワクチンが幅を利かせており、すでに既定の3回接種を終えた人も多く、少なくとも日本ではコロナワクチンとしてのアデノウイルスベクターワクチンの活躍の場所はなさそうです。が、RSウイルス細気管支炎などのような、開発困難な感染症に対するワクチン開発には期待できるのではないでしょうか?
番外編:アデノ7・・・かつてアデノウイルスによるこどもの重症肺炎があった
1998年春、博士号取得にための研究をちょうど終えて、私は次の研究所に移るまでの数か月間、いわゆるお礼奉公として久留米大学医療センターの小児科にお世話になりました。そこに一人の4-5歳の女の子が高熱と呼吸障害で入院してきました。ちょうどサッカーワールドカップで日本が初出場した年で、クロアチアのシュケルとかボバンとかが活躍して夜遅くまで同僚の医者とテレビを囲んで応援していた遠い記憶があります。
私は一番下っ端なので、本来ならば私が担当しなければなかったのですが、その女の子は呼吸不全状態で予断を許さないほど悪い状態で、基礎医学研究上がりの私にそんな難しい患者さんの担当は無理ということで、臨床経験豊富な同期の病棟医長と2人で診せていただきました。同期がいうには、「これはアデノ7にちがいない」。私が来る前から乳幼児の同じような呼吸不全を伴うくらい悪い肺炎児がいたそうです。1990年後半はイムノクロマト法による迅速診断キット、いわゆる鼻ぐりぐりされて線が出たーでアデノと診断できる物などなかったのですが、これまでにないような数で乳幼児の呼吸不全を伴う肺炎例が来ているのは、話題の「アデノ7」だろうから、血中酸素が下がる前から最大限の注意を払って管理していました。案の定、その子も高熱が続き、どんどん呼吸が苦しくなり、酸素投与にもかかわらず血中酸素飽和度も下がり、ステロイドパルス療法という派手な治療を行う羽目になりました。幸いにもステロイドパルスが効いて何とか持ち直し、人工呼吸器装着は免れ、、肺に特に障害を残すことなく回復して、心の底からほっとしました。
この時代、原因ウイルスの特定は、病初期にくらべ回復期(おおよそ2週間以上開けて)の2ポイントでの血中のアデノウイルス抗体価の4倍以上の上昇の証明か、県の衛生研究所(大分県の場合は衛生環境研究センター)でウイルス分離をしてもらうしかなかったのですが、そのお子さんの場合も回復期検体のアデノウイルスの抗体価の上昇で、やはりアデノだったか、と心底恐怖しました。今はこどもさんが病気でなくなることは本当に少なくなりましたが、私が医者になったころは、久留米医療センターのような小児科病棟医が2名しかいない小規模病院でも、数か月に1人くらいの割合でこどもさんが亡くなられていました。実際、私はわずが4か月しか在籍していませんでしたが、4歳の虫垂炎が術後菌血症で亡くなったり、17歳の若年性特発性関節炎の再燃で成人の膠原病科に転科してステロイドパルス中に血球貪食症候群を起こしてしまい、亡くなられました。 また前置きが長くなりましたが、1990年代中ごろから、それまでほとんど検出されてなかったアデノウイルス7型(咽頭結膜熱の原因の3型などと同じB群)が、日本各地でどんどん検出されるようになりました。「病原微生物情報」にでている「アデノウイルス7型の出現」には、イギリスで1971年以前までにはほとんど検出されなかったアデノ7が、1972年から検出され始め、1973-1974の2年間、大流行したと書かれています。
日本でのアデノウイルス7型の流行は、イギリスの流行から下ること約20年経過して起きました。日本では1994年迄はアデノ7の検出は稀で、1980~1993年のアデノ7の分離報告はわずか30例(アデノ3が7187例)でした。ただし、1992年、愛知県から久々に13例のアデノ7検出の報告があました。うち6名は肺炎患者からのアデノ7検出だったので、その動向は注目されていたそうです。1994年は0例でしたが、1995年になり、突然5月に広島から2名の乳児の肺炎入院児からアデノ7が検出。そしてついに1996年3月には千葉県において心疾患などで入院中の3人の乳幼児が肺炎などで死亡。その後の検査で内2人からアデノ7が分離されました。ついに死亡例まででていましました。
この事態を受け、PL病院小児科の西田章先生たちが中心となって、1998年、アデノ7の全国調査を実施しました。
1997年12月いっぱいまでに、アデノ7関連の報告をしている小児科関連病院や地方衛生研究所、計23施設にアンケートを行いました。0歳児から12歳の計89例のアデノ7の小児(男児57例)が登録されました。平均年齢は2.2歳、1歳台が三分の一、29例を占めました。熱の期間が平均10日あまり、酸素が下がり酸素吸入療法を必要としたのが三分の2の54例、20%の19例が人工換気療法を必要としました。意識障害が40%の35例、けいれんが20%の19例と脳症を疑わせる例も多数いました。肺合併症は、胸水25例(28%)、コロナでも話題になった急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が15例(17%)発症。また肺外合併症も63例(71%)と多くにみられました。肝障害28例(31%)、脳炎23例(26%)、血球貪食症候群19例(21%)、胃腸炎13例(15%)、DIC6例(7%)、心不全5例(6%)、腹水4例(4%)等があったそうです。治療ですが、抗菌剤投与は全例に行われ、免疫グロブリン療法ガンマグロブリンが44例(49%)、パルス療法を含むステロイド投与は41例(46%)、肺サーファクタント投与は8例(9%)で実施されていました。
これをみるとただただ恐ろしいばかりですが、案の定、上の表のように予後も悲惨で、後遺症なく回復したのはたった54例(61%)しかおらず、24例(27%)に何らかの後遺症を残し、なんと11例(12%)が死亡していました。年齢分布と予後を図に示します。今賑わいを見せているコロナどころの騒ぎではありません。
もちろん、この全国調査は、大病院からの重症例ばかりをひろったバイアスのかかった対象群ではあり、おそらく多くのお子さんはアデノにかかっても症状が軽いので、ウイルス分離などしないのでわからなかっただけでしょう。昔はPCRとか抗原検査とかなかったので、症状がなくても検査を、とか言い出すひともいませんでした。ただ、もし、あのころPCRとかあったら、いまのように「症状がなくても全員にアデノセブンの検査を」「乳飲み子にもマスクを!」などと言い出す専門家やタレントのコメンテーターたちがテレビで大活躍していたのかもしれません。
あのころ小児科医の世界では、「泣く子も黙るアデノセブン」と恐れられていたものです。私も前置きで話したように貴重な1例を経験させていただきましたが、そのコロナも最初出たころは、もしかしたら、アデノ7の再現とかないよね、と思われていました。幸いコロナはこどもではただの風邪だったようで本当に良かったです。一方、大人ではデルタまではワクチンもまだ間に合っておらず、コロナもこどものアデノ7チックだったようで、呼吸器内科の先生方をはじめ、内科の先生方の怯え方は理解できました。
この小児科の世界で1990年代後半に一世風靡したアデノ7ですが、2003年夏に岡山県の高校野球部内で流行したのを最後に公から姿を消しました。この記事をみる限り、このケースではほとんどが高熱と胃腸炎症状で済んでいたようで、高校生以上の成人がかかっても命まではとられないことがわかります。このようにアデノ7はなぜかすっかり日本から消えており、いまやおじさん小児科医が飲み会で集まった時に、あの人は今的に、あのころはたいへんだったよね~と昔を回顧するときのネタになっているにすぎません。そうしてアデノ7が消えてしまったのか、謎です。知らない間に国民の間に感染してしまって免疫ができて、ウイルスは排除されたのでしょうか。
しかし翻って考えれば、それは1990年代以前に生まれた人しか抗体を持っていない、つまりそれ以後に生まれた部分の小児は免疫を持っていないことを意味しており、今後、もしアデノ7がどこかから持ち込まれでもしたら、こどもに一気に広がることを意味します。個人的には、旬を過ぎてしまい色あせてしまったコロナワクチンとかを今更開発するくらいなら、アデノ7のような、今後こどもに流行したら本当に困る感染症のワクチンとか治療薬、あれならこれから困る子が増える水いぼのワクチンの開発準備を進めておくことのほうがいいような気もしますが、皆さんはいかがでしょうか?
コラム 当院は6月で5周年を迎えます
本院は2017年6月17日に開院して早5周年を迎えます●「五十にして天命を知る」とは孔子の金言ですが、仁徳もなく修行不足でとても孔子先生のお眼鏡にかなうような人間でない私の50過ぎての独立は無謀でした。最初の半年はすべてにおいて医院のていをみせず、診療どころではありませんでした。今だから笑って言えますが、医師会の弁護士先生からは「さっさと閉院したほうがいい」とアドバイスを受けたほどでした●借金して背水の陣での開業でしたので、簡単にやめるわけにはいきませんでした。スタッフの方々、税理士・社労士の先生がた、なにより少ないながらそれでも当院を頼って来ていただいてくれた患者さんやのおかげで、なんとか1年ほどで苦境を脱しました。そして皆様方のおかげで5周年を無事に迎えることができそうで、感謝々々です●その後におとずれるコロナ禍とか全然問題にならないくらいの苦労を最初にしたのも今ではいい思い出と変わりました。のみならず最近は体形はおろか態度もずいぶんふてぶてしくなり、みなさんに不快な思いをさせていることと自覚しております。申し訳ありません●あと何年できるかはわかりませんが、5年前の開院時にたてた3つの行動指針、「常にお子さんや保護者の立場に立って行動します」、「丁寧かつ迅速に対応します」「勉学を怠らず最新の医療を取り入れてゆきます」の目標を忘れず、細くてもいいから少しでも長く診療できるよう努めてゆきますので、今後も末永いご愛顧のほどよろしくお願いいたします