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シックキッズニュース 3月号 No70 生後2か月から接種が前倒しとなる四種混合ワクチン、そして再び百日咳について

シックキッズニュース 3月号 No70 生後2か月から接種が前倒しとなる四種混合ワクチン、そして再び百日咳について

正月過ぎまで大変だったコロナの第8波も、2月に入り特に何もしなくても自然に消えてしまったみたいで、ほっとしたのもつかの間。コロナが消えたら、3年ぶりにインフルエンザと感染性胃腸炎でバタバタしている小児科医院ですが、皆様いかがでしょうか?

さて、来月4月から乳幼児と思春期女子の定期の予防接種について、いくつか変更があります。大きく変更するのは2つ。四種混合ワクチンの開始時期が「生後2か月」から可能になったこと。HPVワクチンの9価ワクチンの「シルガード9」が定期接種とキャッチアップ接種で使用可能になったことです。今月は、この2つの変更のうちの一つ、四種混合ワクチンと、その構成成分で、これから夏くらいまでに増えてくる百日咳にフォーカスを当てます。タイトルの「そして再び百日咳」とあるのは、前回百日咳が流行した2019年8月号(No27)で一度百日咳を取り上げたからです。よかったらそちらのほうも一読ください

今月のフォーカス 生後2か月から接種が前倒しとなる四種混合ワクチン、そして再び百日咳について

1.来月4月から四種混合ワクチンが生後2か月から接種開始可能となります

2.どうして4種混合ワクチンが生後2か月に前倒しされたのか

3.百日咳はあかちゃんにとっては大変恐ろしい病気

4.百日咳の感染力と乳児の重症度は〇〇〇にくらべてもけた違いに悪い

5.百日咳との戦いの歴史:戦後から2000年くらいまで。ワクチン導入と中止、接種率低下と新ワクチン導入に伴う発生数の変化

6.百日咳ワクチンとの新たな戦い:成人の百日咳患者の増加

7.青年・成人の百日咳に対し、各国はどのように対応しているか

8.日本の百日咳対策は今後どのようになるのでしょうか

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1.来月4月から四種混合ワクチンが生後2か月から接種開始可能となります

四種混合ワクチンは、「百日咳」「ジフテリア」「破傷風」「ポリオ」に対する予防接種です。百日咳菌、ジフテリア菌、破傷風菌が産生する毒素とポリオウイルス1,2,3型で引き侵される病気からまもるワクチンです

これまでは日本では、下の図のようにDPT-IVPの四種混合ワクチンを1期として生後3か月から最低20日以上開けて3回、1期追加として半年以上開けて(ふつうは1歳から1歳半の間)に1回接種していました。そして11歳から12歳の間にジフテリア毒素をへらし破傷風毒素量を増やしたDTワクチンを2期として定期接種しておりました。ちなみにDPT-IVPは、D:ジフテリア毒素、P:百日咳毒素、T:破傷風毒素、IVP:不活化ポリオワクチンの略です

今回、4月から四種混合ワクチンが1か月前倒し、つまりヒブワクチンや肺炎球菌ワクチン同様、生後2か月から定期接種としてスタートになりました。今後は生後2か月になったらなるべく早い時点で、ヒブ・肺炎球菌・ロタワクチンとともに、四種混合ワクチンを同時接種することになります

2.どうして4種混合ワクチンが生後2か月に前倒しされたのか

四種混合ワクチンの目的の一つ、百日咳の早期乳児期のあかちゃんたちを百日咳から守るために、生後なるべく早くワクチンを打ちたい、ということで、四種混合ワクチンもヒブワクチンなどとともに生後2か月から開始することは長年の懸案でした。ちょうど四種混合ワクチンにヒブワクチンを加えた「五種混合ワクチン」の治験が国内の2社、阪大微研KMSで行われていました。ちょうど1年前の4月に2社ともに治験を終え、厚労省に承認申請しています。今年中に認可される予定です

この五種混合ワクチンの治験で、各社がすでに販売している四種混合ワクチン(テトラビック、クワトロバック)を対照群に使用するワクチンとして生後2か月児に使用していました。そして生後2か月児に四種混合ワクチンを使用しても安全性に特段懸念される点はなかったことが確認されました。そこで、2022年10月4日の第49回予防接種基本方針部会で、五種混合ワクチンが(おそらくは来年度くらいには)認可が下りるであろう約1年の間は、移行措置として四種混合ワクチンを生後2か月から使用してもよい、と許可されたのでした

3.百日咳はあかちゃんにとっては大変恐ろしい病気

コロナやインフル、ノロで大騒ぎしているのに、今さら百日咳とか、何を言っとるの?あほか、と思われる方も多いかと思います。たしかに現代人が百日咳、ときけば、「ああ、咳こんこんの、あれか」と思われるかもしれません。実際、大人にとっては何度も知らないうちにかかって免疫があるので、またかかっても「こんこんしつこい咳が続いてうざいな」と思うくらいで病院受診される方などめったにいません。別に百日咳にかかっても高い熱も出ることはないし、会社や学校、保育園でも「病院に行って検査して陰性証明もらうまでは出勤禁止」とか、コロナではやったマイルールとかもありません

しかし、これはすでにワクチン接種を終え繰り返し感染をして免疫を持った大人にだけ通用する話。もしも、まだワクチンさえ打ってもらっていない赤ちゃんが百日咳にかかったらどうなるか。私が研修医のころ、恩師の市立八幡病院の故・市川光太郎先生や大分こども病院の藤本保理事長先生から「赤ちゃんの鼻詰まりをけして甘く見るな、赤ちゃんは鼻が詰まっただけで飲めない、寝むれない、ひいては無呼吸発作を起こして大変なことになるからな」と耳にたこができるほどいわれていました。新生児や早期乳児の赤ちゃんを育てたことのあるお母さんたちには理解していただけると思います。そんな非力な赤ちゃんの咳が止まらなくなる。これは本当にやばいです。百日咳菌の毒が回り、呼吸障害の進行が早く、PICUのような病床で酸素吸入や人工換気療法、それに免疫グロブリン療法といった重症集中ケアが必要になります

私が研修医のころなど診断法も治療法も未熟であったため、新生児や早期乳児だけでなく、稀に幼児も重症化したこともあって、私自身3歳の男の子が百日咳に罹患して、入院管理していたにもかかわらず、どんどん病状が悪化、三次病院に転送後に死亡した患者さんを実際に知っています。もう30年くらい前の話です

「釣キチ三平」で知られる、矢口高雄さんの弟さんが百日咳に罹患し亡くなったそうです。同氏の自伝「僕の学校は山と川」に、3歳の末の弟、富雄君が百日咳にかかり、戦後すぐの秋田の山奥ではなすすべもなく、苦しみながら死んでいったことが赤裸々に描かれています。もっとも矢口さんの弟・富雄君については、ひどい熱が出ており、「ぐきっ」とのどがした後、意識レベルが急激に落ちた、と描写されており、百日咳ではなくもしかしたらジフテリアやヒブによる喉頭蓋炎だったのかもしれません。もしkidle unlimittedのメンバーシップの方で興味があれば、今なら無料で電子書籍がみれますので、どうぞご覧ください

4.百日咳の感染力と乳児の重症度は〇〇〇にくらべてもけた違いに悪い

今回の四種混合のスケジュール変更に際し、厚労省は2010年2017年の2回にわたり、国立感染症研究所に「百日咳ワクチンファクトシート」という参考資料作成を依頼、これに基づいて議論してきました。2017年度の改訂版によれば、「百日咳菌の感染力は麻疹ウイルスと同様に強く、免疫のない家族内接触者の二次発病率は 80%以上とされている 。百日咳の基本再生産数(R0、感受性者の集団において1人の患者が感染させる人数)は 16~21 と見積もられており、百日咳菌が狭い空間を長時間共有するような環境に侵入すると感染は容易に拡大し、家族内感染や院内感染 を引き起こす」と書かれています。この「基本再生産数」ということば、コロナでよく聞くようになりました。私もあんまり詳しくないことに言及すると足元掬われかねないのであれですが、染方史郎こと大阪市立大学の細菌学教授・金子幸弘教授が朝日新聞アピタル上に「感染しやすさ横綱クラス 百日ぜき 成人こそ油断せず」というタイトルで解説していたものがわかりやすくて引用させていただきます。基本再生産数は英語でR0(R naught:アールノートと呼ぶそうです)と表します。簡単にいうと、まだ流行が起きていない状況で1人の人間が何人に感染させるか、つまり「どの程度感染しやすいか」ということです。コロナのようにすでに感染が広がって時々刻々と感染性が変化する場合は、実効再生産数Rを使うそうです。Rが1を切れば終息へ、1を超えれば感染拡大、といった感じだそうです。ちなみに、百日咳のR0が16~21(染方史郎の記事では12~17)というのは、新型コロナやインフルエンザでR0が2程度と言われており、それを完全に凌駕しています。もっとも感染力が高い感染症として知られている麻疹のR0が12~18ですので、百日咳の感染力は麻疹同様大変高いといえます

重症度はかかった年齢に大きく左右されます。例の百日咳ワクチンファクトによれば、「百日咳は特にワクチン未接種の乳幼児が罹患すると重篤化し易く、0 歳で発症すると半数以上が呼吸管理のため入院加療となっているとの報告がある 。一方、成人が罹患した場合、その症状は軽く、脳症や死亡例といった重篤症例はきわめて稀である(0.1%以下)。ただし、失神、不眠、失禁、肺炎といった合併症、ならびに激しい咳による肋骨骨折が認められることがある 」とあります。コロナと逆のような感じです。たくさんの乳児のコロナを第6~8波でみてきましたが、少なくとも診療所レベルで診るコロナは高熱、不機嫌、経口不良くらいで、ほかのウイルス感染症とあまり変わらないな(考えてみればあかちゃんにとってはどのウイルス感染も新型なので当然です)というのが印象だったのに比べ、乳児の百日咳のけた違いの重症度には舌を巻きます。2018年の百日咳大流行でも呼吸器管理になった生後3か月児を私自身経験しております

全乳児の死亡率は、海外では0.68%と報告されていますが、早期乳児ほど重症になりやすく、 生後90日未満の乳児の百日咳の患者に限ると致命率は1.3%という報告があるそうです。国立感染症研究所の記事によれば、ワクチンが開始される以前は日本でも10万例以上が報告され、死亡率は10%だったそうです。また同研究所が公開した東京都立小児総合医療センターからの別の記事がおぞましいのでご紹介すると、2010年から2018年までに同院に131例の百日咳児を診療したそうです。一分けは外来58例、入院73例、うち 小児集中治療室に入室した重症例は42例と、実に全患者の32.1%を占めたそうです。3人に1人はPICU管理、ということでした。PICUでの管理ですが、人工呼吸管理を要した患者は34例 (81.0%)、 体外式膜型人工肺 (ECMO) 管理を要したのは6例 (14.3%)、 白血球除去療法を施行したのは3例 (7.1% )。死亡例も3例 (7.1%)で、 3例とも肺高血圧症を合併し、2例でECMO管理を行ったにもかかわらす救命できませんでした。こんな惨状でよくもまあ医療崩壊しなかったですよね。数が少なかったのが幸いしたのか。下の図はこの報告の重症例のうち、年齢分布とワクチン接種状況です。ワクチンがもしなかったら、と考えると恐ろしい。

5.百日咳との戦いの歴史:戦後から2000年くらいまで。ワクチン導入と中止、接種率低下と新ワクチン導入に伴う発生数の変化

同じように、免疫のない子どもに感染して、咳がひどく呼吸困難を起こして死亡することもあるジフテリアやヒブによる喉頭蓋炎は、現在の日本では乳児期の四種混合ワクチンやヒブワクチン接種により発生を見ることもなくなりすっかり過去のものとなりました。私も30年以上小児科医をやっていますが、まだ一度もジフテリアや喉頭蓋炎をみたことがないくらいです

上は、本邦の戦後から1995年までの百日咳の発生数と死亡数の推移を示します。4年周期で流行を繰り返していましたが、矢口高雄さんの弟富雄君がなくなった戦後すぐくらいまでは、年間10万人以上の発生数があり、年間1,000~10,000人の死亡数がありました。1948年から百日咳単独のワクチン(P)が開始されましたが、1950年に予防接種法の定期接種として接種が開始、1958年にはジフテリアとの二種混合ワクチン(DP)が、そして1968年、破傷風を含めた全菌体型の百日咳ジフテリア・三種混合ワクチン(DwPT)が導入されるに至り、発生数・死亡数がどんどん減っていきました。1970年くらいまでには、発生数は1,000人を切り、1971年には206人、1972年269人と、世界でももっとも発生数の少ないコクの一つになりました。死亡者もほとんどいなくなりました

しかし一方、1970年くらいから全菌体型の百日咳ワクチンによる脳症などの重篤な副反応の発生も問題となりました。1974年秋から翌年早々にかけてついにDwPTワクチンによる乳児の死亡事故が2件発生し大問題となり、1975年2月1日、DwPTワクチン接種中止し、百日咳成分を除いたDT二種混合ワクチン(今11~12歳に接種しているものです)に一時的に変更されました。案の定、その直後の同年春から早速百日咳の発生数、死亡数が上昇。慌てて同年4月から接種年齢を2歳以上にあげてDwPTワクチンを再開しました。けれども再開してもコロナワクチンやHPV(子宮頸がん)ワクチン同様、DwPTワクチンの接種忌避による接種率低下は著しく、多くの地区では百日咳を除いたDTワクチンのまま接種をつづけていました。そして1979年にはついに発生数13,000例、死亡数20~30人にまで増えてしまいました。重症者や死亡の多くは、コロナと違い乳児でした

この時期の小児科病棟はとても大変だったそうで、名鉄病院予防接種センターの宮津光伸先生が2020年に東京小児科医会に発表された回顧録に「私の卒業した1975年は、DPTワクチンの中止に伴い百日咳の大流行があり、未熟な研修医時代に乳児の重症百日咳の治療で苦労してきたことを思い出す。当時は乳児用の抗生剤や輸液セットはなく、栄養チューブでエリスロマイシンを注入するも直ぐに詰まるので、幾度となく挿入を繰り返していた。血管確保のための頭皮針やカットダウンには習熟した。今でもトラウマになっている。その流れでいつの間にか小児科医局に在籍していた。DPTワクチンの再開とともに大流行は収束した。百日咳ワクチンの重要性と必要性を十二分に知らされている世代である」とご苦労された時代を解雇されています。頭皮針とかカットダウンとか、昭和とか私が医者になった平成のはじめ、1990年前半には新生児医療ではまだ時に行われていました。赤ちゃんの髪をそって青筋に細い頭皮針をひっつかけて数日持てばいい感じでした。カットダウンは足首の静脈を露出させて血管カテーテルを留置する方法です。一度使った血管は二度と使用できませんので、どうしても欠陥確保ができないあかちゃんの最後の手段でした。いずれも今は新生児医療でもやられていない医療行為でしょうか

またすこし横道にそれましたが、とにかく1960~70年代は百日咳の有効で副反応のない改良型ワクチンの開発は急務でした。そして、国立予防衛生研究所の佐藤勇治先生たちの昼夜を問わず寝る間を惜しんで馬車馬のごとく開発を進めた結果、ついに1979年までに細胞成分を含まない無細胞型の精製百日咳ワクチンの開発と大量生産に成功。そして1981年から世界に先駆けて百日咳死菌(全菌体型)ワクチンを廃止して「沈降精製百日 咳・ジフテリア・破傷風混合ワクチン(DTaP)」に切り替えました。その結果、三種混合ワクチンの接種率は再び向上しました。1981年から「百日咳様疾患」として定点医療機関からの感染症発生動向調査が開始され、これまでの伝染性予防法に基づく届け出数の約20倍の患者数が報告されるようになりました。つまり「隠れ百日咳」があぶりだされた感じになりました。1982年には定点報告が年間23,675でしたが、新三種混合ワクチン開始して接種率が向上してからは百日咳の発生数死亡数はどんどん激減し、1994年には接種年齢が2歳から現在の生後3か月に引き下げもあり、1997年には2,708と、約10分の一にまで報告数が減りました。1997年からは約3,000の小児科定点医療機関から臨床診断で百日咳発生報告を行う感染症発生動向調査が始まりました

6.百日咳ワクチンとの新たな戦い:成人の百日咳患者の増加

2000年以降しばらくの間は、百日咳の報告数は定点当たり0.040未満と低いままで推移していました。ところが2007年に全国各地で百日咳の集団発生が報告されたのです。2007年5月から7月上旬にかけて、香川大学で300名弱の集団発生。この件を鑑み水際阻止対策を講じた同じ四国の高知大学で、7月に百日咳抗体価高知の医学生が判明。その後のPCR検査で学生職員合わせ232名の陽性者を出しました。その他、青森の消防署での集団発生事例、岡山県中高一貫校でも集団発生の報告がありました。そして2008年5月には定点当たり0.115をピークに2010年の3年間、百日咳発生報告の高い期間が続きました

2000年以降の百日咳流行の特徴は成人患者の増加です。2000年までは、百日咳患者のほとんどは5歳未満が占めており、一方成人患者報告は、2002年には定点当たり0.019人と数パーセントにすぎなかったのですが、以後急増し2010年には40倍の0.861人と全患者の48%を占めるまでになりました。学校などでの集団感染も目立つようになり、群馬の中学校長崎県の中学校兵庫の保育園東京江戸川区の小中学校千葉県いすみ市宮崎県延岡市などで報告されました

この成人百日咳患者の増加に鑑み、1997年からおこなわれてきた小児科定点地点からの臨床診断による報告だった感染症発生動向調査を、2018年1月に改め、成人を含めた全数把握対象の5類感染症に改正しました。つまり感染症発生動向調査に届けられる症例は、百日咳の臨床的特徴を有し, かつ原則的に実験室診断(遺伝子検査、培養検査、抗体価検査など)により診断が確定した症例となりました

コロナが始まる2018年から2020年までは、全国で百日咳が流行しました。3年間で31,909例の報告がありました。大分県でも百日咳の発生報告が相次ぎました。大分県感染症発生動向調査によれば、2018年に県内で23人、2019年270人、2020年113人、2021年7人の報告がありました。また1人の人工呼吸器管理を必要とした早期乳児もおりました。その百日咳の流行も、2020年になりコロナ騒動でみんながマスクをはじめ三密回避などの感染対策をするようになり、百日咳の報告数がほとんどなくなりました

7.青年・成人の百日咳に対し、各国はどのように対応しているか

成人の百日咳が問題になっているのは日本だけではありません。1996年からDTaPワクチンを導入したアメリカでは日本に先駆けて2000年くらいから7歳以上の青年、成人百日咳が増加しました

アメリカだけではなく、多くの先進国で百日咳の再興が問題になっています。症状がこどもに比べて微妙な感じの青年・成人の百日咳は、正直かかった人には深刻な状況にはなりません。咳こんこんくらいなので、それくらいで会社や学校を休む人はおらず、コロナやインフルのように「かかったら受験や修学旅行も参加禁止」というむごいことにはならないでしょう。こうして百日咳は知らないうちに蔓延してしまいます。そのうちに重症化する新生児やワクチン開始以前で免疫のない生後3か月くらいまでのあかちゃんに感染してしまうことになります。コロナでは「おじいちゃんやおばあちゃんにうつさないよう、思いやりワクチンを!」と、かかっても熱は出るけど特段重症化しない感じの乳幼児に対しても、驚きのワクチン努力接種でしたが、百日咳に関してはあかちゃんの声は小さすぎて、青年・大人・高齢者のワクチンの思いやり接種とはならないようです。というか、そもそも青年・成人用三種混合ワクチン(Tdap)はまだ認可さえされていない状況です。仕方なく局所反応が強く出る可能性が高いDTaP(トリビック)で接種希望者は有料でお茶を濁しています

成人の百日咳が問題になる以前は、百日咳というのはこどもに起きるもので、乳幼児期に3~4回程度予防接種をしておけば制圧できるのではないか、と考えられていました。しかし獲得抗体の存続期間を調べてみたところ、百日咳菌に自然感染した時には15年程度抗体が持続していたのに対し、百日咳全菌体型、百日咳無細胞型いずれのワクチンも6年程度しか持続していないことがわかりました(下の3つの表参照)

自然に百日咳に感染したときに得られる免疫持続期間
昔の全菌体型百日咳ワクチンで得られる免疫持続期間
現在使われている無細胞型百日税ワクチンで得られる免疫持続期間

現在ではDTaP三種混合ワクチンの免疫効果は4~12年で減衰すると考えるのが一般的です。つまり、日本でやっている乳児期に3回、その後1年以内に1回追加、というやり方では小学校に入るころまでには免疫効果はすっかりなくなっているのです。実際に抗体価を調べてみると、月齢6~11か月で80%の抗体保有率だったのが、年をとるにつれて抗体保有率は下がってゆき、7歳から12歳では30~40%と最も下がっています。以後、少しずつ上昇していますが、日本で百日咳ワクチンが7歳半以上で定期接種されることはないので、おそらくは自然界から知らないうちに百日咳菌に感染しているためだと考えられます

ワクチンの免疫効果減衰現象に対応するために、各国は就学時前から小学校低学年に1回ブースター接種が行われています。これに加え、アメリカは2005年に青年・成人用三種混合ワクチン(局所反応が強いジフテリア毒素と百日咳毒素の含有量を落とした破傷風、ジフテリア百日咳ワクチン:Tdap)を承認して青年・成人に追加接種しています。アメリカ以外でも2017年の段階で、オーストラリア、カナダ、ドイツ、ノルウェー、シンガポール、イギリスなどでもTdapは認可されており、各国の百日咳の状況に応じて接種スケジュールに組み込まれています。つまり、多い国では乳児期に3回、1年以内に1回追加、修学前後に1回追加、そして青年・成人期に1回の計6回の接種をしています

8.日本の百日咳対策は今後どのようになるのでしょうか

他の新興国にたがわず、本邦でも百日咳の再興に悩まされていることはこれまで述べてきたとおりです。ワクチン行政は厚労省の予防接種基本方針部会・ワクチン評価に関する小委員会で決められます。この小委員会で、昨年までに百日咳の「乳児の重症化予防」を目的にした対応案を6つ検討していました。6つの対応策とは・・・

  • 5~7歳への5回目のDTaPの追加接種
  • 11~12歳への追加接種のDTからDTaPへの変更
  • 生後2か月からDTaP-IVPの接種開始(今回採用)
  • 生後2、3か月、1歳半、5~7歳へのDTaP-IVPのスケジュール変更
  • 妊婦へのDTaPの追加接種
  • 妊婦の家族へのDTaP追加接種

今回は、あくまで「乳児の重症化予防」にクローズアップして早急に対策を始める、ことが主意なので、五種混合ワクチンが来年度あたりに認可されるまでは、今回採用された「1か月前倒して生後2か月から四種混合ワクチン接種を開始する」方式が現実的です。五種混合ワクチンの治験の段階で、四種混合ワクチンの生後2か月児への接種の安全性の懸念も払しょくされたし、なにより追加予算もいらないので、市町村もすぐにでも始められます。そして1年の移行措置期間の市販後調査で百日咳ワクチンの生後2か月児での安全性を改めて確認できたら、2024年度からはいよいよDTaP-IVP-HIBの五種混合ワクチン開始となります。赤ちゃんの負担が一つ減ることになり、我々医療従事者もスケジュールを立てやすくなり、生後2か月4週児にまちがって四種混合ワクチンを接種する、といった誤接種事故も激減すると思います

厚労省の小委員会の試算によれば、四種混合ワクチン接種を1か月前倒しで行っていれば、上の図のように2018年の520人の百日咳の乳児患者のうち約100人は予防できたはず、としています。「乳幼児の百日咳重症化予防」がある程度達成できれば、今度はほかの先進国と同様、「学童期以後の百日咳による疾病負荷の軽減(百日咳に罹患することによりかかる医療費や休校・休業に伴う経費増などの軽減)」に目標を定めていただきたいと思います。そのためには、局所の副反応が少ない青年・成人用のTdapの認可申請と認可が喫緊の課題です。Tdap採用後はされたあとは、直ちに11~12歳への6回目の追加接種のDTからTdapへの変更を行い、以後5~7歳への5回目のDTaPの追加接種、妊婦へのTdapの追加接種、妊婦の家族へのTdapの追加接種が定期接種で順次採用されれば先進国並みになります

5~7歳の5回目であえてDTaPとしているのは、接種部腫脹や疼痛などの局所反応に難があるが、年齢的に接種直後の欠陥迷走神経反射でばたりと倒れることは少ないので、百日咳毒素がTdapに比べて多く、効力と持続性のことを考えると、これまでの任意接種同様DTaPを使用するほうがいいと考えます

そして、Tdapの効力が6年程度で百日咳の流行は4年間隔ということを考慮すれば、百日咳をジフテリアやヒブによる喉頭蓋炎のように国から根絶したいのであれば、医療従事者や保育・教育現場での従事者への5年~10年ごとのTdapの接種の補助開始が望まれるところです。残念ながら、これまでの厚労省の小委員会ではそこまでは検討されていませんが、近い将来そうなってほしいと思います。私自身はもうコロナワクチン追加接種の補助は結構ですので、赤ちゃん患者さんにうつさぬよう、Tdapの認可と助成のほど、ぜひお願いしたいところです

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