昨年末からコロナ第8波が日本(と中国)をおそっています。年末年始の発熱患者さんたちは空いている病院も少なく大変でした。1月中旬からは本当に久しぶりに小中学生を中心にA型インフルエンザがコロナを凌駕するようになりました。久しぶりにインフルエンザの診療をして、子供に関してはインフルエンザのほうが蔓延しやすく症状も重いようですので、今後のインフルエンザの流行動向は大変気になります
さて、今月フォーカスするのは「スギ花粉症」です。これまでもこの季節になれば、毎年のようにスギ花粉症にフォーカスしていました(2018年、2019年、2021年)。今年の九州は昨年に比べてスギ花粉の飛散量が多い予報が出ていますので、今年のスギ花粉飛散予想と一般的な治療について、スギ花粉が飛ぶ前に皆様方に、いつもより1週間早く速報でお伝えいたします。今回は新たな花粉症治療薬として注目されている生物学的製剤(ゾレア)や免疫療法などの最新の製剤情報は抜きにして、一般的な治療の解説に終始します
今月のフォーカス 今年のスギ花粉の飛散予想と一般的な治療
1.今年のスギ花粉飛散量は昨年より多い見込み
2.今シーズンのスギ花粉症の推奨される具体的な治療法
3.スギ花粉症治療の実際
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1.今年のスギ花粉飛散量は昨年より多い見込み
2022年12月8日に日本気象協会のWEBサイト(tenki.jp)に、今年のスギ花粉飛散情報第2報が発表されました。それによれば、飛散開始日はおおむね例年通りです。2月上旬に九州、四国、中国、それに関東の一部から花粉シーズンがスタートする見込みです。2月上旬に西日本・東日本でこの時期らしい寒気が来て、花粉の休眠打破が順調に行われ、スギ花粉の飛散開始はほぼ例年通りの予想となるようです
スギ花粉飛散量は、前年の夏の気象条件が大きく影響します。つまり、夏の気温が高く、雨が少なく、日照時間が長い夏は、スギ花粉が多く形成されます。昨年の夏は、6月後半から7月上旬にかけて太平洋高気圧が強まり、梅雨前線の活動が弱く、特に6月の降水量は西日本太平洋側でかなり少なく、日照時間もかなり多くなりました。6月は「高温・多照・少雨」となり、スギの花芽の形成に好条件でした。それに加え、昨年冬から春の花粉飛散量が少なかった地域が多く、そうなればスギの木に花芽の形成させるエネルギーが蓄えられており、より一層スギの花芽形成が促進されたようです。つまり、今年はおそらくスギの飛散量は多いと予想されます
例年比では、九州は例年並み、四国、中国、近畿、北陸ではやや多く、関東甲信、東北では非常に多く、北海道は例年よりやや少ないと予想されます。飛散量が少なかった昨シーズンと比べれば、九州から東北にかけてスギ花粉飛散量は多く、特に四国、近畿、東海、関東甲信では非常に多く飛ぶ見込みです
2.今シーズンのスギ花粉症の推奨される具体的な治療法
スギ花粉情報に注視し、スギ花粉飛散がひどい日はできるだけ家にこもり、マスクやゴーグルを着用するといった「抗原回避」は基本ですが、こんな話をしはじめたら、なんだか3年間散々聞かされたコロナの話と混同して「感染対策にご協力いただきましてまことにありがとうございます!」とかに話が向かいそうなので・・・これくらいで切り上げ、実際の治療のお話に移りましょう
花粉症の治療には、一般的に花粉症症状の鼻症状、眼症状を抑える「対症療法」が用いられます。花粉症に用いられる主な対症療法薬を、特に当院のような小児科医院で使用される薬を中心に以下にまとめます
① 抗ヒスタミン剤
花粉症の鼻水の原因は、鼻の粘膜に存在する肥満細胞から産生される「ヒスタミン」という化学物質のせいでおきます。当然、このヒスタミンをブロックできれば症状が緩和できます。そういうわけで花粉症の鼻水止めやかゆみ止めに使われることの多い「抗ヒスタミン薬」はわずか数日で効いてくる即効性があり、花粉症の治療薬の主役で、最も使用頻度の多い薬物です。しかし花粉症の原因であるヒスタミンには、別の働きがあり、脳内では「日中眠くならないようにする」「学習能力や記憶を高める」「活動量を増やす」という大切な働きがあります。抗ヒスタミン薬が脳内に移行してしまうと、脳内のヒスタミンの働きもブロックしてしまい、「眠気」として自覚したり、眠気などを自覚せずとも、ボーっとして集中力がおちる、という「インペアード・パフォーマンス」という現象が起きてしまう問題点があります。集中力が常に求められる多くの勤務者や学生さん(特に受験生)にとって、非常に厄介な問題でした

近年、各製薬会社は脳内に移行しにくい抗ヒスタミン薬の開発を進め、第二世代の抗ヒスタミン薬がたくさん生まれて保険診療に使えるようになりました。ただし、抗ヒスタミン剤の種類が増加するのはいいのですが、選択肢が増えることによって、患者さんにどれを使えばいいか迷う場面が増えます。薬によって使える年齢がちがう、とか、薬によって1日の服薬回数が違う、とか、空腹時でないと有効な血中濃度を得られない、とか、重大な副作用の眠気の程度が薬によって異なる、とか・・・。しかしそこが我々内科医の腕の見せどころではあります。こんなにたくさん残ヒスタミン剤があるのに、「いついってもいつもの全然効かない薬しかだしてもらえない」ということがないよう、患者さん一人一人にぴったり合う薬を選択する。そこが我々内科医の腕の見せ所です

こんなに副作用も少ないものや効果が優れたものが開発されてきた抗ヒスタミン剤。小児にも年齢でまだ制限はあるものの、おおむね2~3歳くらいから、早いものでは生後6か月から使用できる、副作用の少ない第二世代の抗ヒスタミン薬も保険で使用できるようになりました。せっかくならば鼻水の出ている感冒のこどもにも使いたいものです。しかしおそらく薬価の高さがネックとなっているのか、残念ながら保険診療ではアレルギー性鼻炎や結膜炎でしか使用が認められておりません。副作用が少なく、効果も高く、いいとこずくめの第二世代の抗ヒスタミン薬ですが、はやく乳児から感冒薬をして保険で使用できるようになればいいのに、といつも思っています
② 抗ロイコトリエン薬
鼻水よりも鼻詰まりがつらい方には「抗ロイコトリエン拮抗薬」を処方します。こどもに鼻アレルギーで保険適応の有るものは「プランルカスト」くらいでわずかなのと、効いてくるのに1週間以上かかり、ある程度長期的に飲まないといけないこともあり、処方される機会が抗ヒスタミン薬に比べると少ないです。しかし鼻詰まりにある程度効力はある使いやすい内服ではこれくらいしかない、鼻炎の慢性炎症をもとから断つ効果がある、長期間使用しても眠気やインペアード・パフォーマンスが起きないなど目立つ副作用がほとんどないこともあり、また気管支喘息などぜこぜこいいやすい子供さんにも有効なことが多く、当院では結構積極的に使用している製剤となります
③ ステロイド点鼻薬
スギ花粉症の症状の元が、スギ花粉が鼻ねんまくに吸着して起きてしまった慢性炎症であるととらえると、炎症の元をステロイドで断つのは理にかなっています。室内で火が燃えているところを想像してみましょう。煙を換気扇(抗ヒスタミン剤)で外に出すだけでは、もし換気扇が止まれば、また火元から煙がどんどん出てきて煙くなってしまいます。煙を換気扇で書き出すだけではなく、水(ステロイド点鼻薬)で火元をけさねば解決できないのと同じで、花粉症で起きた鼻水を抗ヒスタミン剤で抑えるだけでは不十分で、ステロイド点鼻薬で火元から断つ必要があります
液状のステロイド点鼻薬はこどもには鼻粘膜刺激感がつよいなど使用感が悪く、いやがってなかなかしてくれません。しかも抗ロイコトリエン薬と同じように炎症を抑えて鼻炎症状をなくすので遠回りで効果があらわれるのに数週間かかりますので、「なんだ、効かね~じゃん」となかなか続けてやっていただけません。しかしステロイド点鼻薬は、炎症を強力に抑える(火を元から断つことができる)ので、うまくできたら鼻水だけではなく鼻づまりにも効果を発揮します。そこで当院ではこどもさんには、液状タイプではなく、刺激により少ないパウダータイプ、もしくは1日1回で有効なミストタイプの点鼻薬をとりあえず2週間程度我慢して使用するように指導しております
④ 点眼薬
ダニやほこりの通年性のアレルギー性鼻炎とスギ花粉症の大きな違いの一つに、スギ花粉症は眼症状が大変目立つ、ということです。だからスギ花粉症の人には抗ヒスタミン剤の点眼薬が欠かせません。スギ花粉症に使用される抗アレルギー剤含有の点眼薬も、近年開発が進み、しみるなどの刺激が少ないもの、高濃度で点眼回数が少なくなったものも出ています
私たち眼科の非専門医が処方できる点眼薬は、抗アレルギー剤含有のものまでです。これで症状が抑えられずにステロイドや免疫抑制剤含有製剤が必要なくらい重症な結膜炎症状がある患者さんは、必ず眼科医の受診が必要になります
3.花粉症治療の実際
花粉症治療には、ざっくり「初期療法」「導入療法」「維持療法」の3段階で行うことが基本とされています
① 初期療法
毎年スギ花粉に苦しまされている症状が比較的つらいスギ花粉症の患者さんにお勧めのやり方です。つらい花粉症の症状を「楽に乗り切る」手っ取り早い方法なので、テレビのワイドショーや週刊誌などでも盛んに取り上げられており、花粉症の皆様方には比較的知られている方法と思います

具体的な方法ですが、スギ花粉飛散開始予想日の1週間程度前の、まだ症状が出ていないような時期から、抗ヒスタミン薬や効果発現の遅い抗ロイコトリエン剤、ステロイド点鼻薬を使用すれば、花粉症の症状出現時期を遅らせたり症状の重症化を抑えるようという療法です。例えば、昨年12月8日に発表された今シーズンの九州のスギ花粉の飛散開始日は、2月8日、と予想されています。今のうちから毎年使用する花粉症の薬をもらっておいて、2月にはいったら、薬を使用しておく。これが花粉症の初期療法です。 なぜ初期療法をすることで、花粉症の症状の出現時期を遅らせたり程度を抑えることができるのか。初期療法の有効性を支持するいくつかの説明があります。抗ヒスタミン剤にはヒスタミン受容体の発現を低下させる、とか、以前シックキッズニュースで開設したように、抗アレルギー剤には「インバース・アゴニスト効果」があり、非活性型のヒスタミン受容体が増加するから、とかいわれています。これらの考え方は、花粉症の初期療法だけではなく、同じようにヒスタミンが関与する通年性アレルギー性鼻炎や慢性蕁麻疹の患者さんに抗ヒスタミン剤を、症状がない時も長期投与させる根拠ともなっております
② 導入療法
3月にはいり、ぽかぽか陽気の春の気配が忍び寄るころ、スギ花粉飛散量は最高に増えてきます。この状況では、いくらマスクやゴーグルでスギ抗原回避をしようが、初期療法をしていた人たちでさえ、多少は鼻水、鼻づまり、目のかゆみなどの花粉症症状がでます。この段階で行うのが「導入療法」です
まだ治療を始めていない人は、即効性のある抗ヒスタミン剤の内服や点眼薬をすぐに始めましょう。それでも改善しない方、あるいは初期療法しているのにもかかわらずつらい症状が出る方は、抗ヒスタミン剤を変更してもらうか、抗ロイコトリエン剤を併用する、抗ヒスタミン剤の点眼薬を併用することは当然ですが、それより副作用の心配がなく効果も強い(効果が出はじめるのに数週間と時間はかかりますが)ステロイド点鼻薬を使用すべきです
ステロイド内服薬やステロイド点眼薬はすごく効きますが、副作用のため使いにくいです。自分自身は小児科医ということもあり、ステロイド内服は花粉症で出したことはありません。喘息発作児で入院一歩手前の児に2~3日出すのが精いっぱいです。春季カタルなどの重症結膜炎に使用するステロイド点眼薬は、眼圧測定ができない小児科医院が出すべきものではなく、眼科の先生にお任せすべきです
③ 維持療法
導入療法で症状が抑えられたら、つい薬をやめてしまいがちです。ところが、スギ花粉は気候条件で波状的に飛散するので、症状が抑えられたのは実はたまたま花粉飛散が少なくなっただけ、ということも多いです。症状が消えた後も4月に入りスギ花粉が飛びきってしまうまでは、油断せずに抗ヒスタミン剤の内服をつづけます。これを「維持療法」といいます
初期療法で述べたように、抗ヒスタミン剤は症状を抑えるだけではなく、活性型のヒスタミン受容体の発現を抑える作用もあります。抗ヒスタミン剤をやめてしまうと、花や目の粘膜細胞上の活性型のヒスタミン受容体の発現が増えてしまい、次に花粉が飛散するときに症状がリバウンドしてしまうことが容易に想像できます
もうひとつ、スギ花粉飛散が弱まってもしばらくは抗ヒスタミン剤など維持療法をしていたほうがいい理由として「スギ飛散の後はヒノキが飛散する」ということです。スギ花粉症のある人の多くは、ヒノキにも感作されています。スギ花粉飛散のピークを過ぎた3月中旬以降も1~2か月にわたり、ヒノキの花粉症に悩まされるケースも多いです。薬で症状が抑えられたから、といって内服中止できる、と考えるのは甘く、油断せず次に飛散するヒノキ花粉症に備える必要があります
