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シックキッズニュース 1月号 (NO.44) 吉村昭彦・慶応大教授が上原賞を受賞されました

シックキッズニュース 1月号 (NO.44) 吉村昭彦・慶応大教授が上原賞を受賞されました

今年も早々からコロナの緊急事態宣言で、全く暗い話題からスタートしてしまいました。で、たまには明るい話題を。といっても、多くの皆様方にとっては関係もなく関心もなく、完全に内輪受けの類のお話で申し訳ありません。しかし、是非知っていただきたいと思います。

現慶応大学教授で、1998年から3年にわたり久留米大学分子生命科学研究所で私をご指導くださった吉村昭彦先生が、この度、日本の生命科学分野ではトップクラスの賞である「上原賞」を獲得しました。コロナコロナでうっとうしい令和2年でしたが、われわれ吉村先生に鍛えられた、いわゆる吉村組にとっては最後の最後にサプライズがありました。これでわが吉村先生も名実ともに日本のトップクラス(ノーベル賞もうかがうほど、という意味です)の学者の仲間入りとなり、不肖の弟子としても鼻が高いです。

そこで、もしかして将来ノーベル賞を獲得するかもしれない吉村昭彦先生について、みんなにご紹介いたします。

 

 

上原記念生命科学財団のホームページから

1.上原賞とは

ウィキペディアによると、「上原賞は、生命科学、特に健康の増進、疾病の予防、および治療に関する諸分野において、著名な功績をあげ、引き続き活躍中の研究者に対し、上原記念生命科学財団により送られる賞」となっています。1985年から1年に1~3名、年末に発表されます。引き続き活躍中、というところが目を引き、つまり現役で活躍中の研究者で、今後ノーベル賞など世界的な賞をとる可能性がある、ということです。実際、ノーベル医学生理学賞学者も多数名を並べており、過去には、抗寄生虫薬でコロナにも効くかも注目されたイベルメクチンの開発者の大村智先生(2015年)、免疫チェックポイント阻害因子PD-1の発見とその抗体ニボルマブ(製品名オプジーボ)の開発の本庶佑先生(2018年)、iPS細胞開発者の山中伸弥先生(2012年医学生理学賞)の3人が上原賞を獲得後にノーベル賞を獲得しました。他にも、2020年ノーベル賞が期待されていましたがまだ早かった制御性T細胞発見者の坂口志門先生、2011年ガードナー国際賞受賞していよいよノーベル賞か、と期待されましたが、同年のノーベル賞が自然免疫系で樹種したのになぜ共同で入れてもらわなかったかいまだに謎の、Toll様受容体の自然免疫の解明に貢献した審良静男先生などなど、ノーベル賞にかすった日本の先大学者が早々と名を連ねています。わが吉村昭彦先生も、もしJAK-STAT系シグナル伝達系の制御でノーベル賞対象になれば、もしかしたらジム・アイリ先生とともに・・・も夢ではなくなりました。

上原賞は、大正製薬の元社長の故・上原正吉氏の功績を記念した賞です。戦前の大正時代にわずか7人の製薬所・大正製薬所の住み込みの丁稚奉公から、現場で汗をかきながら斬新で常識はずれなアイデアで大正製薬を一台製薬メーカーに押し上げました。リポビタンDなどのヒット商品をバンバン宣伝して大儲けをして、高額納税者番付の常に上位で6回の1位を獲得するほどの大金持ちになりました。その莫大な財産をもとに作られたのが上原記念生命科学財団。上原賞をはじめ、さまざまな研究助成金、研究奨励金、海外留学助成金、来日研究生助成金制度で研究を応援している、日本では数少ないありがたい財団です。私も海外留学助成金(400万円前後)に応募しましたが、外れた苦い経験があります。

当院開業前に書いていただいた宝物の色紙

 

2.吉村昭彦先生の功績

さて、今回の吉村先生の上原賞受賞となった研究業績ですが、「サイトカイン応答を制御する分子機構の発見とその病態解明」です。サイトカインとは、簡単に言うと、主に血液をめぐるリンパ球が産生して分泌する物質です。超簡単に言えば、病原体やワクチン、アレルギーを起こすアレルゲンが私たちの体に入った時、リンパ球を中心とする血球細胞が活性化してサイトカインを産生分泌。分泌されたサイトカインは別の細胞に降り注いで応答し、病原体などに対抗している、というわけです。先生は、今はサイトカイン応答以外にも免疫やがんの分野でも大きな業績を残されていますが、サイトカイン応答に絞って先生の功績をご紹介します。

 

  • ①エリスロポイエチンという赤血球増殖因子の受容体の研究に際し、pp130(後にJAK2というとんでもないものであったことが判明)という重要な分子がその受容体にくっついて活性化されていることを世界で最初に見た
  • ②免疫系の細胞内シグナル伝達で主要な経路、JAK-STAT系を制御する分子、CISJABSOCS1)を発見し、JAK-STATシグナル伝達の解明に寄与した。
  • ③細胞の増殖、分化、成長、そして細胞死など多様な細胞プロセスを担うシグナル伝達の柱、RAS-ERK系のシグナル伝達経路を制御するSPREDという分子の発見。吉村先生たちのグループが発見したSPRED1が神経線維芽細胞腫(いわゆるエレファントマン)に類似したレジウス症候群の原因遺伝子であることを発見した。

 

多分、分子生物学の教育をうけられていない大多数の方にはちんぷんかんぷんの話と思われますが、いずれも分子生物学の教科書を書き換えるレベルの大発見なのです。

 

●MIT留学中にエリスロポイエチン非依存性に増殖できる細胞株を作成し解析した

サイトカイン応答のキモ、「細胞内のシグナル伝達」に関しては、ちょうど私が医師になったころ、1990年前半に一気に解明がすすみました。このサイトカイン応答の重要な柱であるJAK-STAT細胞内シグナル伝達が解明される、ちょい前の1989年10月のこと。まだ大分大学の助手をされていた吉村先生は、大いなる野望を胸に秘め、ボストン(正確にはケンブリッジ)の有名なマサチューセッツ工科大学(いわゆる泣く子も黙るMIT)に留学をされました(先生の教室のホームページのブログ、「ボストンの思い出」を参照ください)。ホワイトヘッド研究所のハーベイ・ローデッシュ先生の研究室で、貧血の時に赤血球を増加させる「エリスロポイエチン」(腎性貧血の人がエポジンという注射をしているので聞いたことがある人がいるかも)というサイトカインの受け手側(受容体といいます)、エリスロポイエチンレセプターの解析を研究テーマに選びました。10月に研究を始めて数か月、昼夜問わず研究に没頭。そして早くもその年のクリスマス直前には、エリスロポイエチンがない状態でもどんどん増える、つまりがん細胞のように自分でどんどん増えてしまう変異株を2種類得ることができました。その変異株の一つのエリスロポイエチン受容体の解析で、ついに1つの点変異(C to T)が起きていることを見つけました。点変異が起きることでエリスロポイエチン受容体のアミノ酸がアルギニンからシステインに変わり、このことでエリスロポイエチンがなくても、いつでもこの受容体が活性化、増殖シグナルが入ることを見つけました。そしてこの成果を科学誌の最高峰Natureに発表。留学してわずか1年の1990年10月12日のことだったそうです。1年で論文がNatureに掲載されるという離れ業を遂げました。

先生は、科学誌御三家のCell、Nature、Scienceの(頭文字をとってC・N・S)どれかに論文を発表するまでは国に帰らない、と誓って渡米されたそうです。アメリカの一流のラボのボスは一流雑誌に強い影響を持っているので、日本では夢のような御三家にも、海外の一流のラボでは比較的現実的なので、このような目標を立てて留学するものは確かにごまんといます。本当にC・N・Sに採用された日本人留学者は数えるほどです。それをわずか1年で達成するとは…やはり若いころから先生は怪物です。

 

●エリスロポイエチン受容体に会合するpp130の発見

Natureにエリスロポイエチン非依存性に増殖できる細胞株の解析を発表した後も、吉村先生は精力的に研究を続けました。今度はエリスロポイエチン受容体に結合してシグナル伝達に関与する分子さがしをはじめました。簡単ではなく、様々な創意工夫をして、ついに1991年夏までに、エリスロポイエチン受容体に結合している、おそらくチロシンキナーゼかその基質であろう分子を発見しました。大きさが130キロダルトンでリン酸化されたタンパク質だったので、pp130と名づけました。しかしこの時点で帰国まで半年を切っており、pp130がどのようなもので、どういう働きをするのかを解明するには時間切れ・・・タイムオーバーとなってしました。

吉村先生のブログ「JAK発見しそこないの物語」より

吉村先生は1991年に帰国した後もこの分子の正体を追おうとしたそうです。けど日本の地方大学のまだ30歳過ぎの若手学者。研究費もままならない状況ではボストンの頃のようには研究ははかどりません。そうしているうちに、1993年6月にアメリカ・メンフィス、St. Jude小児リサーチ病院のジム・アイリ教授たちに、吉村先生が追っていたpp130の正体は、ヤヌス・キナーゼ(JAK)2として報告されていた当時機能不明のチロシンリン酸化酵素であることを先に突き止められてしまいました。この悔しいエピソードがもっと知りたい方は、先生のブログ「JAK発見しそこないの物語」を参照してください。

 

●CISの発見

サイトカインの受容体に接合しているリン酸化酵素pp130の正体、JAK2をアメリカの大御所ジム・アイリのグループに先を越され、吉村先生が失意に暮れていたころです。数年でサイトカインシグナル伝達の中心JAK-STATシグナル系が大方解明されてしまいました。

地方の小さな大学の研究所では世界の潮流のトップの研究はできない、ということで、1992年7月から米国サン・ディエゴのDNAX研究所に短期留学制度を利用して3か月間留学されました。そこで、STAT分子の標的で、JAK-STAT経路を制御するような重要な分子を見つけるべく、猛烈に研究されました(詳細はこちらのブログ「DNAX研修の思い出」)。初めて使う技術にもかかわらず、わずか3か月でサイトカインの刺激で実際に誘導がかかる分子を3つ得ることができました。そのうちの2つはすでに既知のオンコスタチンMとp21サイクリンキナーゼ阻害分子でしたが、1つは未知の分子でした。

何とか3か月の短期留学で1つ、サイトカインの刺激で誘導される未知の分子を得ることができ、同年10月に日本に帰った吉村先生は、その分子にその後の人生をかける気持ちで、遺伝子の全長の配列決定を行ったそうです。そして11月に何とか3キロベースの全長のcDNAを得て、12月終わりに塩基配列をまとめ、アミノ酸配列を読むことができるようになりました。クリスマスの晩にひとり実験室でアミノ酸配列を眺めていた先生は、ついにその分子がリン酸化されたチロシンを認識して結合するSH2ドメインという重要な配列を持っていることを見つけました(感動の発見の物語はブログ「CIS/SOCSファミリーの発見」で)。先生はこの分子にCIS (Cytokine-inducible SH2 protein:サイトカインで発現が誘導されるSH2ドメインをもつたんぱく質)と名づけました。これがJAK-STATシグナル系を制御するCISファミリーの大発見の第一歩だったのです。実際にCISの機能解析をおこなったところ、やはりCISはSH2ドメインを使ってエリスロポイエチン受容体やIL-3受容体などのサイトカイン受容体に結合すること、そのことでSTAT5の活性化を抑制して細胞の増殖を遅くさせることを発見しました。つまり、CISはJAK-STATシグナル伝達で発現誘導され、同シグナル伝達を負に制御する、重大な役割があることを発見しました。サイトカインのシグナル伝達がこのようにnegative feedback調節で制御があることは知られておらず、JAK-STAT系の制御の一端が初めて明らかになったのです。一流の研究所での仕事とはいえ、初めて使うサブトラクションの技術でわずか半年で大変重大な分子CISを釣ることに成功しました。

 

●JAB/SOCS1の発見

この成果が認められ、先生は1995年、若干36歳にして、久留米大学分子生命科学研究所遺伝情報研究部門の教授になられました。とはいえ、最初は助教授1名、大学院生1名、そして実験補佐員1名の4人からのスタートだったそうです。研究費もあまりなかった中で、最初は研究費の応募の為の申請書ばかりを書いて少しでも資金を稼ぎ、少しずつ大学院生を中心に増やしていったそうです。そして就任半年後の1995年末までには総勢13人の研究員が集まる中規模の研究室になりました。

ここでも新しい挑戦を始めました。酵母のTwo-hybrid法をもちいて、今度はJAKやc-kitという重要なリン酸化酵素に結合する分子を探しに行きました。そして1995年12月までにはc-kitをベイト(餌)にして新規の分子が2つ釣れました。そのうち、のちにJAB/SOCS1という重大な分子だけがJAK2と結合することがわかりました。このJABも吉村先生が1992年のクリスマスに発見したCIS同様、リン酸化したチロシン残基に結合できるSH2ドメインを持ち、CISに近い構造をしていたことがわかりました。その後、1996年はJABの機能解析についやしたそうです。そして11月の日本免疫学会までにはなんとかJABはJAK2に結合してエリスロポイエチンやインターロイキン6といった刺激で入る細胞内のJAK-STATシグナル伝達を抑制することを見出したそうです。

そうこうしているうちに、1996年9月ごろにオーストラリアのWEHI研究所Metcalf博士のラボで、また同年11月には大阪大学の岸本忠三先生のグループで、同じ分子を釣り上げて鋭意解析中、という話が聞こえてきたそうです。2つのビックラボから同じ分子が連れて大急ぎで解析中!との話を聞き、これは大変だ!ということで、1週間で論文を書き上げたそうです。EMBO ジャーナルというヨーロッパ分子生物学機構という組織が発行している一流紙に出そうとした矢先の12月。大阪大学の岸本先生から、3つの研究所から同じ号にNatureに出そうや、という提案を受けました。他の2つに比べてかなり見劣りする研究所なので、普通にやっていたら勝てない。吉村先生は教室を上げて、それでも足りず、他の研究所の仲間の協力をお願いします。そして何とか論文を2つの巨大研究所と一緒に1997年6月のNatureに3つそろってback-to backでJAB/SOCS1/SSIの発見を掲載することができました。1995年7月に教室を立ち上げて2年弱。自らが先頭になって教室員のおしりをひっぱたき、あっという間に教科書掲載レベルの分子を発見して驚かせました。このあたりの奮闘記は先生のブログ「駆け抜けた5年半」を参照ください。

吉村先生はJAB:JAK-binding protein(JAKキナーゼに結合する蛋白)、と命名しましたが、現在ではオーストラリアのグループが命名したSOCS1:Suppressor of Cytokine Signaling 1(サイトカインシグナル伝達を制御する物質)が一般的に使われています。私も1998年7月から久留米大学免疫学から分子生命科学研究所の吉村先生の研究所に移動して、JAB(今ではSOCS1)班に入れていただき、先生やラボの仲間に指導受けながら、SOCS1がTEL-JAK2というがん遺伝子で癌化した白血病細胞株を消滅させることを発見しました。その機序として、SOCS1はTEL-JAK2をユビキチンというタグ(目印)の鎖を付着させることによって、蛋白分解するプロテアーゼに認識させてシュレッダーにかけて分解することで白血病細胞株を細胞死(アポトーシス)におちいらせることを見出しました。この成果は2001年1月の米国生化学・分子生物学学会の機関誌The Journal of Biological Chemistry (JBC)に掲載されました。

吉村先生のホームページから当時のラボメンバー(ぼさぼさ頭で白衣姿の著者もいちおいます)

 

このころの吉村先生の勤勉ぶりはすごい、という言葉ではかたずけられません。私もそれまで臨床医として聖マリア病院とかでは毎日深夜まで働き、毎週土曜か日曜に30時間連続勤務という休みなしの鬼勤務で慣れていたはずなのに…人材も金もない地方の私大の小さな研究室で世界最先端の研究で世界に勝つにはどうするかということを教えられました。「週に60時間はマスト、できれば70時間は働こう」(この頃の医者・研究員の辞書には奴隷という文字はありましたがパワハラの文字はなかった)をモットーに、研究員も夜遅くまで仕事することが多いのですが、先生は誰より早く来られて仕事をしていました。そして朝9時から30分程度、日曜除く毎日、論文抄読会をして私たち若い研究員に朝早くから勉強をさせる習慣をつけていただきました。夜、先生はダイエーホークス(現ソフトバンク)のナイター中継がある時間帯の2時間だけ食事に戻られ、22時には戻ってきて、遅くまでiMac G3の前に釘付け。論文作成、若い研究員たちの為の生活費や研究費ための申請書を書いておられました。深夜1~2時に帰られる前に必ずみんなのベンチを回り、気になっている実験については結果が出るまで付き合ってくれていました。そうやって久留米時代5年半でなんと50篇の論文を仕上げられましたそうです。

私も上の息子が生まれたばかりで、夜泣きがひどい子だったけど、嫁さんに世話をすべて任せて家族を顧みることなく先生の期待に応えようと、いちお頑張りました。私は他のメンバーに比べたら、バイトもしていましたし、いったん食事に帰ってうっかりそのまま朝まで寝たこともあり、一番さぼったダメ研究員でした。が、それでもレベルの高い仕事をさせていただき、海外留学の夢がかないました。研究ばかりではありません。一度はご家族不在の中、宮の陣の先生の御自宅で行われた研究員慰労会で、整形外科出身の有能な同僚(後にSpredをクローニング解析してNatureゲット)と記憶がなくなるまで飲んでしまい、朝気づいたら先生の布団の横で転がっていました。朝帰りの相手が先生…あとで嫁さんと2人包みをもって謝罪に行ったのは言うまでもありません。今となれば、上原賞受賞者と同室で朝まで昏睡状態、という、夢のNature掲載よりもありがたいこと。ここで私の一生の運は使い切ってしまったようです。

余計な話がまた長くなりました。その後、吉村先生はさらに大きく飛躍してゆきます。CIS/SOCSファミリーは、セント・ジュードのJAK2の大御所、ジム・アイリのラボと共同で様々なタイプのノックアウトマウスを作成して、実際に生体でどのような役割そしているか調べました。SOCS1が産生されないマウスは、生まれて数週間以内に死亡して、他臓器への炎症細胞の浸潤があり、全身炎症を起こしていることがわかりました。やはりSOCS1は炎症細胞を抑えて自己免疫疾患が起きないようにしていることがわかりました。昨年、SOCS1のヒトでの欠損家系が見つかったそうです。フランスから5家系10人で、すべてがヘテロ(2本の遺伝子のうち片方の遺伝子だけが遺伝子欠損)で、6割が10歳以下に発症する自己免疫疾患を発症していたとのことです。マウスだけではなく、ヒトでもSOCS1の重要性が示されました。

 

●SPREDの発見

CIS/SOCSファミリーのノックアウトマウスの解析以外にも、新しい重要な分子を発見しています。細胞の増殖、分化、成長、そして細胞死など多様な細胞プロセスを担うシグナル伝達の柱、RAS-ERK系のシグナル伝達経路を制御するSPREDという分子です。今度は、破骨細胞からえたライブラリー(分子の集合体)から、c-fmsというサイトカイン受容体をベイト(餌)にして、食いつく分子を釣ってくる酵母two-hybrid法を行いました。そして1つの有望な分子をひっかけてきました。相同性検索(ホモロジーサーチ)をかけたら、最近ショウジョウバエで繊維芽細胞増殖因子(FGF)のシグナルを抑制する分子として報告されたばかりのSproutyと似ていることがわかりました。1999年の初春のことです。JABの時同様、教室員総動員だけでは足りず、東工大や東大医科研の研究者たちの協力を要請して解析した結果、のちにSpredと名付けられる、RAS-ERK経路を制御することを証明しました。そしてその論文もNatureに見事掲載されました。このあたりの詳しい経緯は、先生のブログ、「駆け抜けた5年半(後半)」ご参照下さい。

 

●その後の吉村先生の飛躍

2000年を過ぎ、分子生物学の日進月歩の世界のトップレベルはもう細胞レベルの過剰発現系の実験は相手にしてくれなくなり、遺伝子改変マウス中心の解析で勝負しなけれならず、久留米ではどうしても力を発揮できなくなりました。そして2000年12月末に5年半過ごした久大分子生命研に別れを告げ、さらなる高みを目指し九州大学生体防御医学研究所・免疫制御学部門の教授に転身されました。ちょうど私も12月いっぱいで久留米を辞し、ボストンに海外留学に行くことになりました。先生が指導していなければ私なんか絶対に行くことができない一流の研究所です。本当に感謝しています。

先生は九大中心の優秀な研究員とトップレベルの研究施設、資金を得た先生は鬼に金棒。バンバンお仕事されました。そして2008年4月、慶応大学微生物学免疫学教室教授にご栄転。実に満を持しての東京進出です。そしていつしか時は過ぎ、先生もいつの間にか還暦を過ぎられた、というわけです。慶応で干支を1周すごした昨年暮れに、めでたく上原賞受賞と相成りました。今後ますますの先生と先生の研究室、それに先生がかかわられたすべての研究者のご発展を祈念して、今年最初のシックキッズニューを終えたいと思います。

2002年夏ボストンに来られた時、私のラボベンチ前で。ベンチ上は恥ずかしいほど汚く、これじゃー研究できんやろと叱られ…

 

アラン・ディアンドレア教授のポスドク、東大の谷口先生(現シアトル・Fred Hatchinson癌研究所教授:左端)、阪大の中西先生(中央)とロブスターバーにて(撮影は筆者)

 

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